2013年2月28日
皆んなスタイルを作るのに必死になっている。世間に対する評価を得るため? 誰かに示すための自己証言? これらを取っぱずせばスタイルを作る必要はなくなる。僕はスタイルのないスタイルを持っている。
昭和天皇は食卓に並ぶご馳走全部に箸をつけられたそうだ。選り好みをしないためだろう。恐れ多くも、僕もそうだ。僕の場合は好みがないからそーするだけだ。
「前にも言っていたよ」と四谷シモンに言われそうだけど、田中一光さんとい喫茶店に入った。「何飲む?」と聞かれた。「何でもいいですよ」と言って叱られた。「白黒はっきりしなきゃ東京ではやっていけないよ」と。僕は今でもコーヒーでも紅茶でも本当に何でもいいのだ。
自分で決めるなんて本当に面倒臭いよ。それほど重要でない時は誰かが決めてくれればそれでいい。
何もしたくない時が長く続くと、何かしなきゃと思うけれど、無理にしない方がいい。気がついたら何かしていた。これでいいんじゃないかな。
ストレスの原因には、自らプレッシャーをかけ過ぎた結果起こることが多いんじゃないかな。例えば健康管理など。どっちにしても自分に対して、厚かましくなった方がいいと思う。
いい加減な自分って結構好きだなあ。その方がいつも自由でいるような気分になれるじゃない。
自分の長所は別に自覚する必要はないけれど、自分の短所は自覚しておいた方が生きやすいと思う。
毎日行う儀式は持った方がいい。家を出る時には決まって野良猫にエサをやるとかね。
「人のものは自分のもの、自分のものも自分のもの」。このくらい厚かましい根性は時に持った方が迷わなくていい。そして元気になる。
年を取ると知らない内に道徳や倫理が身についてくるものだ。精神というよりは肉体がそうさせてくれる。
時々気分転換のために、マッサージやエステや鍼灸に行くけれど、予約しないで急に思い立って行く方がいい。「たった今」に自分が正直になれるからだ。スケジュールに従うのは用意周到過ぎて、ワクワクしない。ワクワクこそ生命原理なんだから。
深夜にトイレに行ったついでに、2時間以上も何やらゴソゴソして、眠りを妨害してしまう。こりゃいけないと思いながら時間を食いつぶす感覚って結構マゾ的な快感があるんだなあ。
僕は自分の中にマゾとサドが分離しないで混入されているそんな体質というか性質がある。そんな両極が僕の創造の源泉かも知れない。
自作をペラペラしゃべりたがる人がいる。しゃべればしゃべるほど作品の力を失わせているのに気づいていないようだ。そんなにわかってもらう必要などないと思うけどね。作品は相手がしゃべればそれでいい。
なんでこんな作品ができたかって本当は本人もわかっていないんだから。それだけに不安だから結局はしゃべるんだろうなあ。芸術家は解説者じゃないんだから。
昔は好きだったけれど、今はショッピングが大嫌いだ。でも画集とCDと鯛焼きは常に買っている。生活必需品だから。

2013年2月27日
何が面倒かというと、朝ヒゲを剃るほど面倒なことはない。クリームか液体を塗るだけでヒゲが除去されるようなものを死ぬまでに発明してもらえないかな。
ターザン映画でターザンの無精ヒゲを見たことがない。またヒゲを剃っているシーンもない。ターザン映画には不思議がいっぱいだけれど、これが一番不思議だ。
ぼくは考えることがニガ手だけど、念じることは得意だと思う。何かを果たすために、どうするかなど考えない。ただ過去完了形で実現のビジョンを描くだけだ。子供の頃からそーやってきた。夢見るなまけ者だったからね。
書評のために、自分の好み外の本を読むことが多い。これは書評の効用かも。昔は自分から作ろうとしてきたが、今は自分を壊そう(失くそう)としている。何もなくなった自分に憧れる。
何がシンドイといって、自分がいるということだ。死んだらいなくなる? そんなことはない。死ぬ前に死んどきたいんだ。
ぼくは頭で考えるより、子供の頃から眼で考えてきた。その考えを言葉にするより、絵にした方が言葉よりもっと大事なことと、多くのことが表現できる。
言葉は重要だけれど、現代のコミュニケーションはほとんど言葉至上主義だ。絵はそれに対抗する画霊力がある。
言葉に依存しないで、もっと眼力を持てば理屈から自由になれるように思う。理屈が生き方を限定しているように思えてならないんだけどね。でも理屈こそ自由の手段だとする人もいるんだから、まあエエか。人は人、我は我。
最近思うんだけれど、本を読んで身についたことはほとんどないように思う。では何から? やっぱり絵を描く行為を通してかな? ということは自分から教わるということだなあ。私のグルは私というわけか。
自分の中にはすでに必要な情報が全て埋蔵されているということだ。阿頼耶識が全て識っているので、そことコンタクトをする方法を見つければいいわけだ。しかも体で。これが難しい。
絵の批評の大半がその内容だったり、主張だったり印象だったりするのだが、その表現性を問題にする批評は少ない。何をじゃなく、如何に描いているかが重要なんだ。もっと言えば生き方なんだけれどね。
nichiko Roseさん「グレイストーク」は観ましたけれど、アーそうですか、ターザンが髭を剃るシーンありましたか。きっと監督もターザンが髭を剃らないことを気にしてそんなシーンを描いたんでしょうね。

2013年2月26日
「ユリイカ」がクリムトの特集をしていて僕も書いているけれど、本当は中々好きになれないところがある。でも他人はぼくが好きじゃないかと思ってテレビに出てくれとか、書いてくれとか言ってくる。でもこのズレって結構、社会と個人のズレ関係を考えると面白い。

「寺内貫太郎一家」のDVDボックス出てますよ。

「寺内貫太郎一家」の演出家久世さんは、次は「時間ですよ」を以前と同じキャストでやる予定だったんですよ。そしてそのタイトルバックを描く予定だったけど、その前に久世さん死んじゃったのね。

今日のツイートは蟹座大集合だね。

四谷シモン。よく覚えているね。年取ると同じことを何度も言うんだよね。シモンは蟹座じゃないの?

ぼくは子供の頃から絵は人の物を見て描くものだと決めていた。だから今でも引用する。だから独創は幻想だというゲーテに賛成だ。生まれてこのかた独創など一度もない。ぼくは物真似専門だ。カニ座は物真似の天才だからね。
誰の影響も受けないで育った人は一人もいない。でも学問で育った人に限ってオリジナリティを主張したがる。創造の経験がない人ほど真偽にとらわれている。
何かに似ているということは大事なことだ。人は何かに似ているということで安心し、そしてそこで学んできた。何にも似ないで生きていくことは不可能だ。
何かに似ているから病名が決められ、治療される。何にも似ていない病気なんて実に怖い。
だけど自分の絵に似た絵を描いてごらん。これって実に難しいもんだ。

他人を模倣するのはそんなに難しくないけれど、自分を模倣するのは難しい。自作の反復をやっているとよーくわかる。
五木ひろしは時々自分を模倣している。というよりコロッケを模倣しているのかも知れない。
徳久広司は小林旭を模倣すればするほど徳久広司になっていく。
なんでも鑑定団で偽物と判定されてがっくりくる人がいるが、あれだって本物を偽物といい、偽物を本物といっているかも知れない。客観的評価なんてそんなもん幻想みたいなもん。あるのは主観だけ。

2013年2月25日
僕が「寺内貫太郎一家」に出演(篠ひろ子の恋人役)していた頃、小林亜星さんのお弟子さんだった徳久広司さんを知った。その徳久さんは現在㐧一線の演歌作曲家だが、歌手としても実に渋い咽を聴かせてくれます。貫太郎一家でいつもギターを弾きながら流して行く後姿に哀愁があった。記憶にありますか?
徳久広司さんの弾き語りを時々テレビで観るが、徳久さんの歌は小林旭を彷彿とさせて、心を遠くへ飛ばしてくれる。特に「北へ帰ろう」と「ゆきずりの花」は。
不思議なほど毎日言葉が落ちていく。その内話すことも書くこともできなくなるかも知れない。ゲーテは「芸術家は形を造れ、語るな」と言っている。ゲーテの言葉に従わなくとも、その内ゲーテになるさ。
言葉が欠落していくと本を読む必要もなくなる。だったら本よ読む時間を全て描く時間に当てればいいわけだ。それとも少ないボキャブラリーで子供のように語ればかえっていいんじゃないかな。
アンディ・ウォーホルに会った時、彼はほとんどしゃべらなかった。「ウフン」とか「イヤー」とか「アイ シンク ソー」とか「ノー」とかこの程度だ。画家はこれでいいんだ。
僕は自分に興味があるけれど、寺山修司は他人に興味があった。だから他人の家の中を盗み見していて逮捕されたんだ。
長年(20年)やっていたのはコマーシャルアートだったが、今のファインアートに物凄く役に立っている。ファインアートをやりたけりゃコマーシャルアートをやっとくことだね。
ウォーホルは画家になりたいと思ったことはなく、タップダンサーになりたかったという。ぼくも画家になったことを驚いている。だって郵便局員になりたかったんだから。
状況劇場の「ジョン・シルバー」のポスターが公演の日に出きた。だからポスターの中に「遅れてゴメン」と印刷した。唐十郎は「そんな謝罪文を印刷する間があったら早く作ってよ」と言った。「そりゃそうだ唐君の言う通りだ」とぼくは思った。
新しい作品を作りたけりゃ、今流行していないものを作ればいいだけのことだ。
国内外から肖像画を頼まれている。そのほとんどが成功者だ。人は成功すると肖像画を残したくなるようだ。その大抵の人がリアルな絵じゃなく、印象で描いて欲しいという。
ウォーホルは20世紀最大の肖像画家だった。彼に描いてもらうことで、その名は歴史に残ることを充分承知した上でのことだ。
ニューヨークのMoMAに展示中のぼくの旭日のグラフィックアートに在米韓国住民が街頭で作品撤去のデモを行ったことで、MoMAの館長がぼくの作品についてコメントした。デモよりも館長がぼくの作品に関心を持ってくれたことの方が逆に嬉しかった。
ぼくがファインアート(油絵)で同じ図柄を繰り返し反復するのはかつてコマーシャルアーティスト(デザイナー)だったからだ。印刷物の代りに同じ図柄をわざわざ何枚も描いているだけだ。楽の後に苦ありだ。
有名なアメリカの美術誌「ART FOAM」最新号でぼくの特集を組んでいるが、その中でぼくの言動(作品も)をポリティカルにとらえている。思いもよらない話だが実に興味ある批評だ。
ウォーホルも他人に興味があった。彼は自分に対して希薄な感じだった。その存在はアストラル体みたいだった。

2013年2月22日
今日、明日、明後日はツイッターの安息日。See you Monday.

2013年2月21日
事務所の猫どもを見ていると、そこに幼児の原型がある。未知の対象に対する彼女らの好奇心に対するリアクションだが、これは人間の大人が失っている野性で、芸術に於けるアールブリュット的なものでは?

三島由紀夫さんは常に計画を立てて、それに従って行動した。ぼくの無計画で即興性を三島さんはアプレゲールと言い、危なくて見ておれないと言った。ぼくにとって即興こそ生の充実であり、確認であった。計画は思考を伴うが、即興は肉体が先行する。
自分がかかえているテーマがある。その答えやヒントは自分の生活の環境(例えばテレビ、新聞、本、人の言葉、旅、自然など)の中にあることに気づくことが多い。

2013年2月19日
旭日を描いたぼくの作品は今までもソウルの大学や画廊の個展に出品している。国立美術館にもぼくの作品はコレクションされている。ニューヨークとの温度差がありそうですね。

寒いので想像力は凍結してしまう。パンツ一丁で描くピカソがうらやましい。環境を変えなきゃ。

梅原猛さんのスーパー能「世阿弥」(梅若玄祥 演出・出演)のポスターを抽象的にする。「秘すれば花」で具体的なイメージを隠す。

自力で運命を切り開いていくタイプではなく受け身タイプのぼくは、どのような未来が待ちかまえているのかが不安でもあるが楽しみでもある。

MoMA(ニューヨーク近代美術館)のTOKYO展に出品しているぼくの旭日を描いた作品を韓国系住民が撤去求め、MoMAや日本総領事館、国連などに抗議デモを行った。それにしてもMoMAの言い訳が最悪。「横尾さんが60年代に反戦のイメージで描いた」と全くピントはずれなコメントを出した。

2013年2月18日
道なき道を切り開いて独自の運命を歩むタイプの者と、あらかじめ想定されているだろうと思われる運命の路線に身をまかせる者の2通りあるように思う。自分のタイプは?
「自分で病気を作って自分で治すあなたは、医者にとっては最もやりがいがない」と主治医に言われている。
賽の河原で童子が石を積む。鬼が来て、それを壊す。アーティストは自分の中にこの両者を住まわせている。
眠れない時もあるが、不眠症だと決めつけたらその日から本当の不眠症になる。不眠症などないと思えば不眠症にならない。結局何もかもが幻想なんだ。
風呂に入るとすぐ出たくなるけれど、朝、ふとんの中からはなかなか出たくない。
本を買う気で本屋に行く。本屋の本を片端から眺めていく。すると一冊も買いたくなくなる。他人の物なのに断捨離した気分になる。

2013年2月13日
今朝「はなまるマーケット」出演の田原総一朗さんAKBのことくわしいのでびっくり。あともおかしい話ばっかり。思わず見てしまった。

小林さん、偶然多可町のお見合番組チラッと見ました。昔、西脇市が西脇町と言っていた頃、多可群に属していたんです。

今日はNHKだったかの取材でサンタナについて語りました。来日に合わせてサンタナ特集をするみたい。

Sさん、「よだれ」の背景はニースの海岸です。だからストーンズがニースでのコンサートに、この絵を使いたいと言ってきたんです。

岩手は今回だけ。3月には福島県立美術館へ岩手のが巡回です。秋には青森県立美術館。これは絵画展。同じく秋に、兵庫県立美術館でも小個展を行います。神戸での横尾忠則現代美術館は3月から㐧2弾、6月に㐧3弾。秋は以後に4、5弾です。
何ひとつするにも意味を求めたがる人が多い。意味がなければ安心して行動ができないらしい。つまり理屈が欲しいのだ。こ~いう人を相手にぼくは作品をつくっていないことだけは確かだ。モームは人生には意味がないと言ったっけ。
画家に転向した直後、何を如何に描くかが、さっぱり判らなかった。沙漠の真中に立ってどっちに行くべきかと迷う心理に近かった。制約があって初めて、するべきことが決まる。だけど制約を制約と思わない境地に立つ者こそ本当の自由人だろう。
舌がザラつく。食べ過ぎか甘い物のとり過ぎだ。身体はこんな風にいつも警告してくれるのに、頭が無視する。身体の声に従わなきゃ。「寒い」と感ずるのも身体の声だ。美味いものを山盛り食べたい。これは頭の声だ。絵を描きたいが寒いから止めだ。同じ寒くてもこれも頭の声だ。
書評をやっていると、他の人の文が上手く見える。もっと文の勉強をと思うことがあるが、文の上手い下手は関係ない。結局感受性だ。感受性を磨く勉強をすると自然に文が上手く見えるに違いない。
散歩中の田村正和さんと道で会う。久し振りにしばらく立ち話をする。短い時間の中で「今の自分」をお互いに語り合う。短時間で濃い内容の話をしたように思う。長く話をしてもちっとも濃くないこともあるので時間は関係ないと思う。
街の中に自転車を駐車する時、いつもロックをしない。以前ロックしているにもかかわらず2回も盗まれた。それ以来、「持って行きたきゃどうぞ!」という気になってロックをしなくなった。2~3年経つが今のとこ無事だ。
違反駐車の群にロックなしで自転車を止めた。帰ってくると50台ほどの自転車が全部撤去されて、ぼくの自転車だけがポツンと一台残っていた。ロックをしていないので、すぐ戻るとでも思ったようだ。

2013年2月12日
ストーンズの取材でもたっぷり意味を聞かれた。本当に意味がないんだから答えようがない。ストーンズのアルバムや曲名も聞かれたけど、曲名なんていちいち覚えてない。㐧一英語なんてわかんない。いいものはいいでいい。だって自分の作品の題名なんて、ひとつも覚えてないんだから。

僕の作品はわかりにくいそうですが、わかろうとしなくてもいいのです。感じてくれればいいんです。

そう、ぼくはしょっちゅう矛盾したことを言っているようだね。自分でも知っている。それでいいと思っている。

Sさん インスピレーションを求めて探しているんですか。インスピレーションは探すものじゃないと思いますよ。こちらから出掛けるのではなく、向こうからやってくるものです。

今、ストーンズについて語ったインタビューが5回に亘って月刊BARKSで発信されています。ご興味のある方はhttp://www.barks.jp/news/?id=1000087115へ。
今回ローリングストーンズ50周年のポスターを作ったそんなからみでミック・ジャガーとの何度にも亘るニアミスについて語る。ストーンズ特集のBS番組で。放送日未定。
神戸のぼくの美術館での公開制作の見物に来ていた磯崎憲一郎さんが5月に出版する小説の装幀に、制作中の絵を使用させてもらえないかと言われ、勿論OKする。その題名が「往古来今」という。ぼくの作品の中に書き込んでいるNPという文字が正にこの本の題名を意味する。

ぼくの絵のNPという記号文字の意味は内緒だけれど、磯崎さんの本の題名そのものであることに共時性を感じる。なぜならNPとはNow & Pass(往古来今)をも意味するからだ。
ぼくの作品は空間より時間を描いていると語ったことから磯崎さんは、時間を表わす四字熟語から、この「往古来今」を選んだそうだ。つまり綿々と続く時間の流れ、昔から今までの意である。「往古」は過ぎ去った昔、「来今」は今から後。
磯崎さんは以前にぼくがしゃべった言葉をよく覚えている人で、その話をよくするが、ぼくは何ひとつ覚えていない。彼に言われて逆にぼくの言葉から、自分が学ぶ(?)ことがある。変な話だ。
土曜日、公園で日光浴をしながら眠ってしまった。体がホカホカして自分が湯タンポになったみたい。体型も湯タンポみたい。
ゲーテはぼくの座右の書だけど、ニーチェも島崎藤村もゲーテの求めたものを求めると言っているが、本当にそうすれば、ゲーテみたいに大変な女性遍歴をすることになる。ピカソもゲーテがやったことを繰り返したんだろうか。
ぼくが時々、ふざけたり、冗談ぽく書いたツイートに、すごく真面目に返してくれる人がいるけれど、ぼくは遊んでいるんですけえどねえ。
ターザン映画のDVDを沢山持っていてよく観るんだけれど、その映像がエイゼン・シュタインや黒沢明みたいだったり、タイトルミュージックがニノ・ロータみたいだったり、まるで色んな映画の原点みたいで、とても面白い。
人間が完成しないように作品も完成しない。手から離れたからって決して完成していない。でも手を入れると限が無いので結局どこかで放棄するしかない。完成なんて結局は幻想だ。ぼくは毎日幻想と戯れている。
三連休や盆、正月のように長期休日の過ごし方はぼくは下手だ。どこにも行かずに、絵も描かず、本も読まないで終ってしまう。これって結構ストレスになっているんじゃないかな。

一番のストレスはアトリエも家も物で溢れていることだ。捨てられない性格らしい。そのくせ作品のスタイルはすぐに捨ててしまう。
捨てる気もないのに記憶だけはどんどん捨てられていく。これっていいこともあるけれど困ることもある。諦めるための修行をしているみたい。

2013年2月8日
創造は直観が全てではないと思う。直観は導入部だけれど、それだけではもろい。そこにはやはり理性と論理が必要だ。でないとアマチュアとそう変らない作品になりかねない。
自作を解説する必要はない。だってその解説の原流なんて実に不確かなものなんだから。求めもされないものについて語るのはどうせ屁理屈なんだから。
自分が何をしようとしているのかなんて100%わからない。わかる必要もない。ぼくにとってわからない部分が創造なんだから。ぼくにとって答えはそんなに重要じゃない。なぜそこに花が咲いているのか? そんなこと知らないよ。咲いているから咲いているんじゃない? としか言えないんだ。
日が日に日に長くなる。時間の概念も変化する。自然はそれほどわれわれの生活や肉体や思考に影響する。ぼくは特に自然に敏感なのかも知れない。
初心に戻るということは大事なことだし、必要だと思うけれど、なかなかそうなれない。だけど考えてみればいつも目の前の現実は初めて対峙する問題が多い。その時、慣れた手を使わないで、むしろオタオタする方が、初心力が発揮できるのかも知れない。
最近の五木ひろしはコロッケのそっくり五木ひろしそっくりになってきた。自分が自分を真似るなんてぼくの反反復復反復絵画みたいだ。
岩手県立美術館で個展開催中でーす。滅多にやらないポスター展でーす。岩手ではもうやりませーん。今しかないでーす。
加齢と共に体質が変ってきたのが日々分る。勿論心質も日々変る。
一日中咳をしているけれど喘息の咳だからうつりません。ご安心あれ。
アスリートがサーカスに挑戦するためにアーティストに生まれ変る。そのためには頭で考えちゃダメ。それはペインターだって同じだ。ペインターもサーカスなんだ。わがオフィス名は「ヨコオズ・サーカス」。そしてぼくはピエロになりたい。

2013年2月7日
羽生善治さんとイチロー(なぜか呼びつけ)から創造と生き方を学ぶことが多い。なぜかと言うと二人共肉体を通して修得した考えを持っているからだ。

昨日と打って変って今日は春一番日和りだ。こういう日は沸々と創作衝動が頭をもたげてくれる。そんなことを考えると極寒でふるえちぢこまっていた日が必要だったことがわかる。でも身体は外へ行きたがっている。
味覚は咽を通るまでだ。本を読んでいる最中だけで終ったら全部忘れている。味覚も食べ終れば忘れるが明日の健康のために必要だ。本も明日の精神のために必要なのかな。大いに疑問だ。
朝起きたら風邪っぽい。薬は押さえるだけで解毒にはならない。「絶対意志で風邪を追い出してやろう」と白隠の「夜船閑話」と貝原益軒の「養生訓」を総動員して、とうとう風邪を追い出すことに成功した。
風邪で発熱することがあるが、絵を描いても発熱する。以前入院した時、病院で100号大の絵を描いたら、描き終った途端病気が治った。薬で解熱させるより制作で発熱させた方が治りが早い。先生も「絵画治療を取り入れますかね」と笑っておられた。
ぼくには絵のスタイルが何通りもある。というよりスタイルがないのだ。いやスタイルのないスタイルがあるというべきかも知れない。㐧一スタイルについて考えたことがない。描きたいように描くだけだ。
テーマもない。思想もない。趣味もない。あるのは発想だけだ。
朝5時に起きて2時間近く画集を見る。一番頭が冴えている時だ。この時間の画集観賞は瞑想的であり、思索的であり、最も創造的にさせてくれる。画集に語りかけ、画集からの声を聴く。一種の死者との降霊術だ。
ぼくは昔から色音痴だ。人はそうじゃないというけれど本当に色音痴だ。しかし色感は性格ではない。性格は変えられないけれど色感は変革できるはずだ。色音痴を治して、性格に「ざまあみろ」と言ってやろう。
「私探しの旅」という言葉を耳にする。自分が行方不明になったその自分が自分を探す? あゝややこしい。「私」なんて最初からいたのかな。いると思っている私さえ怪しいものだ。

2013年2月6日
肉体のどの部分から老いていくのかは人それぞれ違うと思うけれど、ぼくの場合は手からだった。それがある日突然のようにシワシワになった。手はぼくにとっては道具だけに、ヤな感じだ。老いた手からは老いた絵なんてヤだね。
それにしても今日は寒過ぎる。昼は鍋焼うどんだった。夜も鍋物がいい。魚があんまり好きじゃないので、おでんかな。関係ないけど事務所におでんという名の猫がいる。

2013年2月4日
年令的には人生の最終仕上げの時期に入っているというのに何ひとつ仕上っていない。そういえばアトリエに並んでいる作品だって仕上った作品が一点もない。結局未完の人生が死後に残るだけだと思う。
結局は未完で生まれて、未完で生きて、未完で死ぬしかないのだろうか。
ぼくは20代から毎日死から離れたことがなかった。生きることは死から離れないことだったのだ。
デザインから絵画に転向した頃から音楽の好みがロックからクラシックに変った。そして今再びロックに興味が移っている。その理由は作品が語っている。

2013年2月1日
我ながら感心するほど日替りで身体のあちこちに問題が生じる。だから肉体と芸術に於ける身体性について考えない日はない。

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