11月30日
あれッ?これはぼくのことではないのかと思ってエッセイストの平松洋子さんの書いた新聞の文に目が止まった。彼女の知人に「気晴らしをしたくなると、むしょうに『寒山拾得』を読みたくなるという知人がいる」と書かれていたが、ぼくがブログに書いたのは「これを読むと霞みが晴れて心の視界が一本道になって、スーッと抜ける」である。未来形と過去形の違いはあるが、だいたい面白くもおかしくもない森鴎外のこんな小説を二人の人間が同じ気分になって(?)読む酔狂な人間はこの世にそういないと思うので平松さんの「知人」はぼくに違いない。もし他に別の「知人」がいるなら会ってみたい。この小説の言いたいところは自分が理解できないものに対して盲目的に尊敬したがる人間で、特に僧侶のやることなすことに弱い人間で、ちょっと偉そうな坊さんに頭が痛いといったら頭から水をかけられ、「治った」と信じる男だ。そんな男がある寺で、文殊と普賢の魂を持っているという頭の弱いガキを本当の菩薩と信じてうやうやしく長ったらしい名前を語って仁義を切るインテリ男を、アホな二人の唐子の子供にバカにされるという話で、ぼくは禅寺に参禅していた時、禅にドップリはまっているちょいバカの素人インテリ禅者を思い出し、人間であるなら本物のアホにならなきゃというので、この物語が好きなのである。この点、平松さんの読みとぼくの読みはかなり異なっている。母の実家は神道で特別の教義がなく「ただアホになる」だけの修行である。寒山拾得の唐子はチベットの寺にいるという頭の弱い人間に近い存在で、頭の弱い人間の中にこそ仏が宿るという考えに共通するものがある。寒山拾得はちゃらちゃらした自由とか解放とかを口にする精神世界では解けない深い哲学の道を示してくれるのである。だから視界が一本道になってスーッと抜けるのである。

もうひとつ、あれっ?と思うことがある。オノ・ヨーコさんがギャラリー360°で開く個展「AHOLE」にガラスに銃弾のヒビが入った絵が作品化されているようだけれど、この銃弾の絵(形)はぼくのY字路の「深夜の晩餐」に描いている銃弾の絵の形がそのままである。これはちょっとびっくり。というのもこの「深夜の晩餐」という作品のコレクターがオノ・ヨーコさんなのである。

この前にも書いたけれど、ぼくは寒山拾得をケロリンと呼んでいる。森鴎外の小説では唐子だけど、蕭白ではきたない爺さんで、ここでは隠者という感じだ。ぼくはケロリンを「異路倫」と書き、「異」は変わり者、「路」は道理、「倫」は物事の順序。つまりケロリンとは秀でた変わり者が歩む道を解して、
力が入ればケロリン、
涙が出ればケロリン、
非難されればケロリン、
金がなくともケロリン、
ケロリンと生きて、ケロリンと死にたいものだ。

ブログを見ても、送られる写真とY字路を撮る人がだんだん多くなった。そんなに面白いかね。皆んながY字路に目が向いたら、さぁ、次はどこに目を向けようか。Y字路はぼくにとっては発見だった。創造は全て発見である。他人が発見したものを追随する行為は最も創造からかけ離れている。発見は喜びでもある。何か自分にとっての喜びと出会って下さい。

元匿さん
サインの場であなたとのやりとりをドキュメントしたブログがでていました。ブログタイトルは「戸越主婦のサンベル日記」です。それはそーと、「猫美術館」は笑えました。逆にこーいうところを美術の窓口にすると、美術に興味が湧くのでは。でもぼくのアンリ・ルソーの方がブラックユーモアとしては激辛ですね。

相手によって長電話の人と短電話の人がいる。長電話では瀬戸内寂聴さんと平野啓一郎さんだ。一時間ぐらい話すことはザラで、お互いが切るタイミングを失ってしまってからが長い。短電話は美輪明宏さん。美輪さんの場合は用件が終わるとぼくから切ってしまう。ほっとけば延々話すことになりそうだからだ。何もなく電話すると「何か用?」といわれそうだ。美輪さんの場合は、いきなり「黒蜥蜴よッ」とか「ダーリン!」なんて掛かってくるので、こちらが調子に乗るとどうなることやらで、家人がいると話しにくくって。そういえば今週、フランスから美輪さんの映画を製作するスタッフ達が、コメント出演を撮るためにやってくることになっている。

11月29日
荒木経惟さんが「遺作」という題名の写真集を出した。さすが、凄いタイトルだと感心。内心「ヤラレタ」と思った。—がよく考えてみればぼくは1967年に「横尾忠則遺作集」という作品集を出していたことをすっかり忘れて、荒木さんに感心ばかりしていた。「ナーンだ、ぼくの方が先に死んでいたんだ。」またぼくは葬式まで出したし、自分の墓まで郷里に作っていたんだ。毎日が死と同居しているので自分が死んだことをすっかり忘れていたよ。全く。

「画家宣言」だって1981年にしたものの、すでに1966年に絵画展(ピンクガール・シリーズ)を行い、そのあと描いていたし、その後グラフィックと並走しながら版画もズーッと制作していたので、何も81年に「画家宣言」などやる必要なかったんだ。「腰巻きお仙」や「天井桟敷」のポスターより前から絵画を描いていたこともすっかり忘れていただけで、考えてみれば「画家宣言」は必要なかったというわけ。「健忘症宣言」か「認知症宣言」の方が先だったかも知れん。

◆贈呈本
新潮社より「ラバウル温泉遊撃隊」山崎まゆみ著
和田誠さんより「おさる日記」和田誠著

11月28日
宇宙メダカと合流した日本メダカは前者に比べたら1/4位の大きさしかないけれど残った二匹は頑張っている。宇宙メダカは最近二匹死んだ。腹が大きかったから、シャケみたいに産卵のあと死んだのだろうか。でも卵がどこにも見当たらない。生存するのと死ぬのとは何か違うのだろう。大量に産まれた中の一匹なのに特別弱いのもいるのだろうか。人間から見ればどのメダカも同じに見える。同じ環境と条件の中にいて何が違うのかわからない。他にもわからないことだらけだ。先ず一番わからないのが自分だ。勿論わかっている人もいると思うけれど。

最近は意図的に絵が下手になろうとしているらしい。上手く描く気がしないのだ。出きればとことん下手になってみたい。もう描くのがイヤだという所まで行ってみたいと思う。そしたら、次に何がしたいか見えてくるように思う。それが絵でなくてもいいじゃないか。絵に固執している間は絵が絵でなくなる日がやって来なさそうだ。

11月27日
◆贈呈本
淡交社より「東本願寺」大谷暢顯、井沢元彦共著

近くの公園の草をボランティアの人達がむしっていたが、近くに寄ると草と土の匂いがして、ふと故郷の匂いがしてきた。しばらく故郷に帰っていなかったが来月行くことになっている。郷里の空気を吸って幼馴染みに会って土地の物を食べて、英気を養う。それで充分。あとはぼやーっと景色を眺めるだけ。そうだ、墓にでも参ってこよう。墓の中には誰もいないけどね。

「アサヒカメラ」で評論家の倉石信乃さんとカメラマンのホンマタカシさんと鼎談をする。先ずY字路の写真集について質問を受けたり、持参された写真集などを見ながら感想を述べたり。滝の絵はがきや涅槃像や宝塚のブロマイド、Y字路の写真にしてもなぜ大量に蒐集するのか?そんな話をする。巨大なものにも霊性が宿るが大量の物にも同じことが起こるように思う。

11月26日
国書刊行会の担当編集者から狂喜のメッセージが届いたが、その内容は25日P.M.8時現在で「東京Y字路」の写真集が<アマゾン>で「写真家」、「写真」、「作品集」の三部門で一位になったと知らせてきた。ぼくはアマゾンの実体がよくわからないので、何ともいえないけど出版社はエライお喜びのご様子。

◆贈呈本
南塚直子さんより「てんしちゃん」/「ことり」南塚直子(画)
末知谷より「二十世紀の芸術」カール・アインシュタイン/鈴木芳子訳
新潮社より「ルイス・バラガンの家」ワタリウム美術館編

11月25日
今日11月25日は三島由紀夫さんの命日です。あれから39年が過ぎましたが三島さんに対する想いは今尚、日に日に強くなるばかりです。亡くなってからの私淑です。まだまだ全作品は読んでいません。読み惜しみをしているのも確かです。今日が命日だけれどぼくにとっては毎日が命日です。

猫背(前かがみ)のため姿勢を正したのと、自転車を歩行に変えたために、背が痛み、腰が痛んだが、やっと治った。いつの間にか異常が正常になってしまっていたのが、正常を異常という名の正常に戻したために治った。

◆贈呈本
元匿さんより「猫の美術館」スーザン・ハーバート著
宮沢みちさんより「男の子の幸せ名づけ」/「女の子の幸せ名づけ」宮沢みち著

糸井重里さんの「ほぼ日」では毎回連載対談中です。糸井さんがY字路の写真のことで突っ込んでくるのを必死でボケまくっています。ぜひ「ほぼ日」の方へ。対談の後半になると話題は「めんどくさい」がテーマになっていきます。

11月24日
昨日は神田の三省堂と池袋のリブロで写真集「東京Y字路」のサイン会を行った。書店でのサイン会は慣れてないので、マゴついたが、為書き(相手の名前)が難しくって、文字が小さかったり、読めなかったりして、結構集中する作業だったので疲れた。一目で古書店の人もいて、こういう人は為書きをしないで欲しいという。また複数冊買うので、係りの人とスッタモンダのやり取りがあって、おかしかった。中には怒って払戻しを要求したり、随分深刻だったりするのだ。為書きをしながらの200人以上のサイン会は体力の限界を感じた。それにしてもリブロに来た人はわざわざ買った本を家から持ってきたそうだ。あの本はサイズも大きいし、重い。

行く前にエネルギー補給のため、世田谷通りで発見した今川焼(ゴマあん)を食べる。次回は別のあんも試したい。

酢谷裕美子さん
キーンさんとゆっくり話しましたか?アンリ・ルソーがまとまれば、それだけの展覧会と作品集を出したいと思っています。うんと笑っていただきます。母上様にヨロシク。

長田康子さん
ぼくは滝が好きというより、滝の絵を描くのが好きだった(過去形)のです。Y字路も絵にする時のみ好きになります。あとは別に!?という感じです。

11月23日
書斎には音楽がない。音楽の代わりにメダカの水槽の蒸留水が小さい滝のように滴る水の音を立てている。これをネイーチャー・ミニマル・サウンドと呼んでいる。音はこれで充分、動くものはメダカだけ。外で動くものは時々走る無音の車と、病院の点滅するクリスマス用のイルミネーションと、流れる雲、空を横切る鳥ぐらいか。たまにヘリも飛ぶ。

また70代のジャン・クロードが亡くなった。クリスト夫人でニューヨークのスタジオで会ったことがあった。クリストはぼくと同い年。フランク・ステラも同じ。ジャン・クロードはクリストより一才年上。年令の近い人が亡くなるのは自分の時間が奪われる感じだ。

山中湖村は5度で寒かったが空気がキリッとして、肌を刺される感触がちょっとヨーロッパの冬みたいで旅情をそそられる。この絵は山中湖の三島由紀夫館文学館をモチーフに、Y字路、三島由紀夫の市ヶ谷事件、深沢七郎さんと石和温泉のストリップ劇場と露天風呂、そして山梨県立美術館所蔵のミレーの「種まき」、富士山、食中毒を起こして救急車で搬送される。その他、謎々だらけの絵である。ひとつとして意味のないものは描いていない。

山中湖のMt.Fuji Hotelのぶどうジュースは最高に美味しかった。以上。

「インドには行ける者と行けない者がいる」という言葉は今やひとり歩きして、色んな人が言っているが、元は三島由紀夫さんがぼくに語った言葉で、それをぼくがエッセイで書いたことが、いつの間にか広がってしまったのです。

81才の鉄道マニアの老人は10代から鉄道に憧れて、家の中に実在する風景をジオラマで作り、そこを汽車が走る光景をビデオで、まるで実写のように撮って映像作品に仕上げているが、色んなジオラマ風景を作るのだが、出来上がると映像で記録するが、作っては壊しの繰返しで、勿体ないと思うが、本人は作るプロセスで充分喜びと楽しみを味わっているので、壊すことにはちっとも未練がないという。ここに創造の原点があると思った。人に見せるための手段ではなく、もし目的があるとすれば作ることの快楽を満足させるためだ。こんな当たり前のことをほとんどのプロは見失っているように思った。

古書店に昔書いた雑誌のためのイラストレーションが出廻ったり、それを買った人から、新たにサインを要求されることがあるが、本来は作者に返却すべきものだが、いつの間にか古書店に売ってしまったようだ。その時の担当編集者の顔が浮かぶがあの時の信頼関係が踏みにじられたことに立腹する以前に人間の業の浅ましさに憂愁の念に心が閉ざされるものだ。

11月22日
◆贈呈本
井上隆史さんより「豊穣なる仮面・三島由紀夫」井上隆史著

山中湖畔の三島由紀夫文学館で10周年記念フォーラムのパネリストとして出席。ぼくが「三島由紀夫さんと会った日々」のエピソードを、ドナルド・キーンさんは「三島由紀夫の演劇」について講演。フォーラム始まって以来の参加応募者だったとも。200人に絞らざるを得なかったそうだ。東京を初め地方からの参加者も多く、会は非常に盛大だった。三島さんが自決して39年が経過しているが、今尚三島由紀夫に衰えることはない。そんな三島さんの魅力の謎に迫るトークだったが、ぼくは特にキーンさんの話しに興味を持った。いずれ文学館より講演録が発刊される模様。


朝目が覚めたらホテルの窓いっぱいに富士山が迫っていて驚いた。何だか三島さんが窓から覗いているように感じた。井上隆史さん、佐藤孝明さんらの三島研究者らにも会い、またキーンさんとも個人的な話しができて、最初は敷居が高かったが、行ってよかったと思った。行動を起こせば何か取り得があるものだ。年々出不精になっているが、「出不精は三文の損」だと心に留める。


今日の読売新聞の書評欄に写真集「東京Y字路」が採り上げられていて、泉鏡花の「国貞之がいく」に〈二股坂〉という地名が出てくると書かれていた。また芥川龍之介の短編(題名忘れた)にも三叉路が出てくるが、今後も注意してみよう。もし文学作品でY字路が見つかれば是非教えて下さい。

11月20日
木村カエラさんが金沢21世紀美術館の個展に来てくれて、ぼくの60年代のイラストレーション入りのTシャツを着てライブに出演したという彼女のブログを見たファンが、同じTシャツをメーカーの「ボヘミアンズ」に注文。アッという間に完売してしまったそうだ。さすがカエラさんの威力というか神通力をまざまざ見せつけられた。アートプラネット・Yのスタッフは大喜び。

昨日、プラスティック・オノ・バンドの楽屋で久し振りで久里洋二さんに会う。1964~5年頃初めてアニメーションを作ったが、その時久里さんのスタジオの協力を得た。アシスタントをやってくれたのが古川タク君(今では「先生」だ)。この時の作品は「YOKOO'S 3 ANIMATION FILMS」というタイトルでDVD化(ショップ・コーナー参照)されている。この中に収録されている「堅々嶽夫婦之庭訓」(カチカチ山メオトのスジミチ)と「KISS KISS KISS」はダダイストのハンス・リヒターに絶賛(彼の「ダダの歴史」で)された作品である。海外でも上映されたことがある。

今日は午後から山中湖の三島由紀夫文学館に行ってきます。冬仕度で来るようにとか。空気が澄んでいれば声が出やすくなるかも知れない。とにかくここんところズーッと悪声で評判よろしくないのです。

糸井重里さんとの対談が「ほぼ日」で始まりましたね。まぁなんともいやはや隠居(糸井さんは非隠居者ですが)談義ですね。あと14回連載。話が佳境に入るのか、それともこのままダラダラいくのか、どうだったか全く憶えていないなァ。

朝、突然ギックリ背中になって、山中湖行きが危ぶまれたが、静閑している内に落ちつき始めた。ぼくは常に一病息災になることもある。歯が治ったら、背中。声が出にくい。まだ腰が痛む。今日現在は三病。明日は?

幸子.Mさん
写真集「東京Y字路」の写真はどうして撮ったのか、なぜあんな色がでるのかとか絵画的になるのかとよく質問を受けますが、自分でも分からないんですね。その場、その時によって、色々やりますが、撮ってみないとどう写るかは未知数です。ただ「写ってくれ」と念じるしかないですね。または絶対「キレイ」な写真が写る!と信じるだけです。ぼくは毎日のように自作の写真集を眺めて、今でもイメージを頭の中に叩き込んでいます。このことが絵を描く時、又は次の写真を撮る時の何か力になるような気がするんですね。

長浜貴子さん
本を読まなくなったという人が増えているというけれど、かつて20代の頃はぼくも読まない人だったけれど、読む週間をつければ苦痛にならないですよ。ぼくは本に限らずあらゆる古い芸術が好きなので、本も新刊を読むということはあまりなかったけど書評をするようになってからというもの、新刊を読む機会が多くなり、その中でもこれは推薦できると思う本を日曜日の朝日新聞に書いているので(月2回ぐらい)読んでみたら如何でしょうか。

ぼくは時々、森鴎外の「寒山拾得」を読む。一般的には面白い小説ではないかも知れないけれど、ぼくはこれを読むと、霞みが晴れて心の視界が一本道になってスーッと抜ける。もうカリントーを口にほうばるように止められなくて、また読む。ぼくは彼等のことを異路倫(ケロリン)とニックネームをつけている。寒山は文殊、拾得は普賢の化身だけどね。でもぼくにつられて読むと、「どこが面白いの?」ということになるかも知れないので保証はできないかも。

11月19日
昨夜プラスチック・オノ・バンドを観に行った。プラスチック・オノ・バンドといえば70年代、ジョン・レノンの魂の叫び「MOTHER」や「POWER OF THE PEOPLE」を想い出すが、約40年振りのプラスチック・オノ・バンドはション・レノンにゲストの細野晴臣が加わった21世紀版というところ。オノ・ヨーコさんは相変わらずパワーは70年代のまま、今も過激。「相変わらず過激ですね」というと「あら、そう」といたって冷静だった。過激は冷静の中で育むものらしい。

クサカベ絵具の甲賀社長さんが見え、新絵具アキーラ(水性アルキド樹脂絵具)を提供していただくことになった。早描きの公開制作には最適で、しかも油性の効果が出せるのでぼくにはピッタリだ。材質が変わると作品も代わる。

歯の治療薬の副作用で下痢っぽくなったが、かえって大腸の掃除ができてよかった。副作用もまんざら悪くないね。

このところの天気が悪く、喘息によくなく、声がかれてしゃべるのに力がいる。明後日の山中湖の三島由紀夫文学館での講演で声が出るかどうか不安だ。しぼり出すような声で三島さんとのエピソードを語るのも大げさで面白いかも。

11月18日
【お知らせ】
糸井重里さんとの対談は「ほぼ日」に11月19日(木)より15回の長期連載でスタートします。対談のゲラを読んでいると糸井さんの声が聞こえてくる。自分の声は聞こえないけどね。

ロートレック展が開かれる。ロートレックの展覧会や画集でポスターが入ってないものがないほど彼の作品ではポスターが重要なエレメントになっている。だからわれわれは彼の作品を見る時は常に絵画とポスターの混合状態で見ていることになる。この両者を二分して絵画は絵画、ポスターはポスターとして見せた画集はかつて一度も見たことがない。だからロートレックは二足のワラジではなく、一足のワラジで右足と左足が違ったワラジを履いているのだ。

◆贈呈本
高橋克彦さんより「高橋克彦自選短編集(1)」
~高橋克彦さんはデビュー作以来、文庫本を含めて全作品を送って下さる。こんな方は高橋さんだけだ。久世光彦さんも亡くなるまでの全作品を送ってくれたなぁ。「彦」のつく人はなぜか全作送ってくれる。島田雅彦さんは最初の頃は送ってくれていたけれどその内尻切れトンボになった。京極夏彦さんは知らないから当然来ない。

病気日替わりメニューで、今日は昨日から腰が痛い。これはここ2ヶ月間毎日歩くことが多くなったからだろう。先々週の腰の位置と今日は少しずれている。早速マッサージに行く。歯の痛みはほぼ治ったが、先生が来なくてもいいといっても、つい行きたくなる。精神的なカウンセリングには興味はないが、肉体に関しては大いに興味がある。

今週末は山中湖の三島由紀夫文学館でドナルド・キーンさんと一緒に講演会がある。二人が別々に語るのだがキーンさんは三島文学論で、ぼくは三島さんとの交流エピソード。ぼくは色んな人の伝記が好きなのは、エピソードに触れられるからだ。エピソードによってその人の本性が見えてくる場合が多い。今までもエピソードから学ぶことが多かった。

松方弘子さん
西村画廊の奥の部屋は確かにプライベートの部屋ですが、右手の小部屋にはぼくのY字路の版画作品が展示されています。版画は地方のY字路風景をリトグラフで制作したものです。そうなんです写真集は結構重いんです。何しろ260ページもありますからね。地方からの方、サイン会の当日もう一度持ってくることになるんですね。書店でのサイン会は慣れていないので緊張しますよね。

11月17日
このブログを見る人で宝塚ファンはいはるのやろか。もし、いたはったら大浦みずきさんの「Mizuki@mail.宝塚.jp」という題名の本(小学館文庫)、1999年に出版されたさかいに、もー今は古本屋でしか見つかへんかも知らんけど、NETで探せばきっとあると思うので、手に入れて読んでみて下さい。この本はぼくの装幀で解説も書いてるさかいに。大浦さんの父上は芥川賞作家の坂田寛夫氏で、そのご令嬢やから文才があるので文章が上手い、それにおかしい、面白い。この本で大浦さんは未来の夢は「幸せな老後を過ごす!(笑)。なんて。」いいながら老後を待たんと、さっさといきはりました。ご冥福をお祈りします。

大浦さんは手紙の住所に所、番地を書かないで、どこそこの通りの何本目を右に廻って、突き当りを左へ三軒目の黄色い家なんて風に書いてくる人だった。女性でジョークが言える人は少ないけれぢお、さすが男役。

普段の大浦さんお感じがよくでている個所(前記文庫本)を引用しました。
「私は宝塚にいるだけで本当に楽しかったから。もし、努力してるように見えたとしたら、見せ方がうまかったんでしょうね。天才だから(笑)。私の場合、宝塚に入った時点で、踊りがうまいって言われていたので、周りの人もそう思って見ているんですよ。皆がそう思ってくれていると、本当に踊れるようになるんです。これが不思議と。それから、影でコッソリ稽古をするタイプでもない。やったら、やったって言うもん。すごい稽古したのよ、みたいなことを(笑)。ほめられるのが好きだから(笑)。そのかわり、人から言われて稽古はしなかったですね。ヘソ曲がりだから。『私、踊れない』っていう気持ちが顔にでると怒られるんですよ。だから、私は踊れるって思っていればいいんです。自身タップリにね。でも私は怒られ弱いから、怒られる前に、うまくやるんじゃなくて、逃げ隠れしてました。それで、結構逃げれちゃったりしてね。要領がいいんです、私。踊りって言っても宝塚の場合、すごい技術がいるわけじゃないから、ハッタリでどうにでもなるんです(笑)舞台ってそういうものなんですよ。」

水島督さん
糸井さんの「ほぼ日」の対談が始まるんですか。いつからか知らなかった。あんなに美味しい「アルプス」のモカロールを糸井さんが食べ残してたって?ショウガの味に合うというのに。でもジョウガが大人の味だとすればモカロールは子供の味かも知れない。糸井さんは大人、ぼくはどーせ子供です。

メダカを飼うのは難しい。水草にひっかかって動けず、溺死したメダカ3匹。小エビ(もいるのだ)は死ぬと煮たみたいに赤くなる。あとから加わった3匹の日本メダカ(田んぼ出身)の一匹は水死。水死したメダカはいかなごみたいに白くなる。霊魂が離脱したのだろう。人の死にも遭うが、毎日メダカの死にも接している。

西村画廊の西村さんが、今日は雨なのに随分沢山人が来たと、一時間も帰らない外人もいたとか、写真集を見てくれた人も是非個展会場も見て下さい。色んな見せ方(インスタレーション)をしています。壁一杯に巨大な写真やジャクスターポジション(つなぎ合わせ)の集合写真、その他七面の壁で異なった展示をしています。ぜひ写真集と比較しながら見て下さい。

三省堂(23日2時)とビブロ(23日5時)での写真集「東京Y字路」のサイン会はなんでもチケットが必要だそうです。チケットは100人分だそうです。申し込む必要があるとか、そんなことをいっています。

11月16日
大浦みずきさんが亡くなったなんて信じられないでいる。彼女は元宝塚トップスターで、ぼくの本を読んでくれていたのが縁で知りあった。その間ポスター、CDジャケット、本の装幀など手伝った。宝塚退団後の彼女の舞台、コンサート、ディナーショーなどにも足を運んだ。その間ペンフレンドの交流が10年以上続いた。ついこの間も入院(成城の某病院)生活中にぼくの本を読んでいたという便りをもらったばかりだった。復帰コンサートも予定されていた矢先の出来事で、ただただあっけにとられている。

アルマンディ郁子さん
わざわざシカゴからメールありがとうございます。
現在アメリカでは展覧会がありませんが、10月4日までハガティ美術館で「ジャンプ・カット・ポップ」展に数点出品していました。来年はポストン美術館である企画展が準備されていて、それに出品の要請がきているのと、5月の初めにあなたの住むシカゴ市で開催されるインターナショナルポスター・ビエンナーレの審査員を頼まれているのですが、目下思案中です。

11月15日
昨日は自分の性格の特性に触れたが、一夜明けて今日、考えてみれば、自分の性格はかなり、アスペルガー症候群に近いことに気付いた。でもアーティストに共通する要素だから、他の職業でなくてよかった。

3日間30数匹いた日本メダカが3匹までに減ったので、宇宙メダカの水槽に移した。すると少しは回復したかにもえたが、やっぱり一匹は死んだ。後の二匹は健在だが水槽の中でも行動範囲が狭く、彼等にとってはまだ未知の場所があるのに、やはり遠慮をしているのだろうか。まあどうでもいいことだけど。

11月14日
生まれながらの性格って、そう簡単に変わらんない。以前小学校1〜6年までの通信簿を取り寄せた。そこにはぼくの性格の特徴が次のように記されていた。
1—落ちつきがない。
2—常にキョロキョロする。
3—他人にちょっかいを出す。
4—未だに幼児語が抜けない。
5—わがままである。
以上の性格はかなり的確だ。今の自分そのものだ。ちっとも変わっていない。そこで考えた。ぼくの創作活動そのものじゃないか。短所をそのまま生かしている。そして創作においては都合よく全て長所と考えている。
(例えば)
1—好奇心が強い
2—身体的行動力
3—自分の思う通りにしたい。
4—論理的というよりは感覚的。
5—妥協できない。
こんな風に解釈すれば、誰でも短所(欠点)はないのでは—。
(以前にもこのブログでよく似たことを書いたような気がするが、どうだったですかね)

11月13日
◆贈呈本
依田彰さんより「週刊マンガ日本史」(02~05)朝日新聞社
東京新聞より「ロートレック・コネクション」展カタログ

糸井さん自家製しょうがのことブログに書いたら、早速「ほぼ日」に問い合わせ殺到とか、あれはねぇ、糸井さんが自分のために作ったしょうがをぼくにおすそわけしてくれたもので、そう簡単には手に入らないんですよ。10万円払っても…。糸井さんの親友になれば別かもしれないけどね。

magentaさん
生姜のシロップお知らせありがとうございました。早速試してみます。ここ一両日、ショーガ、ショーガで盛り上っているんです。

親知らずが動き出した!(正確には出てきた!)と歯医者さんに言われた。明日から毎日歯医者通い。「出てきたことはいいことか?」と聞いたら歯医者さんも「私も出てきた」とのこと。なぜかその一言で安心した。

「アサヒカメラ」のネットを初め、個人ネットでも写真集「東京Y字路」を色んな方が紹介してくれています。のぞいてみて下さい。
「AMAZON」ではこの写真集のおすすめ度は★★★★、画集は★★★★★
「セブンアンドワイ」ではお客様のオススメ度★★★★★です。

「東京Y字路」の椹木野衣さんの”東京Y字路はどこからやってきたのか”の長文の序文が好評です。椹木さんの評論の中でも中々ユニークで面白いです。そらから写真集の最後はやはり東京都である大島です。23区、都下と変わってガラリ南国風です。

ぼくがエッセイを連載している新聞「週刊NY生活」(ニューヨーク発行)に「飲む生姜」という一頁大の広告が出ている。世界は今生姜ブームなんですかね。

「アイデア」誌で立花文穂さんの「東京Y字路」についてのインタビューを受ける。立花さんは「球体」という雑誌を出していて、編集、レイアウトそれに写真を沢山発表しているタイポ・グラフィックデザイナーだ。写真のキャリアーはぼくより長い。それも常に8×10で撮影、それが一見35㎜に見えるのが不思議。ピンとが甘くてもぶれていても平気な写真。その点ぼくのY字路はピンばっちり(?)、まるで不動産業の建売住宅カタログの写真のよう。撮りながら、いつも不動産屋専用カメラマンの気分でした。

写真集を出して写真展も開くと「写真家デビューですか」と聞かれることがあるが、そんなこと考えていません。また何か出合い頭に対象とぶつかれば、撮りたくなるかも知れないけれど、「次は何を?」なんて考えるだけで疲れます。もしかしたら全く別のメディアか、またとんでもないものか、それもその時に吹く気分の風にまかせます。でも旅に出る時はいつもコンパクトカメラ持参です。

今年も2ヶ月切れましたが、外出、旅行の予定があります。来年は海外からの要請がいくつか入っています。アメリカとヨーロッパです。もう少し増えそうな予感もあります。日本の仕事の場合は同行者がいるけれど、向こうの仕事は一人で行くことになるので、いつもパニック状態です。若い頃はどこへでも一人で行っていたのが信じられません。

今度、アメリカ映画「Beginners」(監督はマイク・マイルス)にぼくのポスターが主人候の家の部屋の中に何点か飾られるそうです。また主役はクリストファー・プラマーが抜擢されたそうです。いずれ日本でも上映されると思います。

元匿さん
死の恐怖???
もう一度「ぶるうらんど」を読んでみて下さい。そこに答えがあるはずです。

11月12日
Y字路の写真を見た人の多くは、街でY字路に遭遇すると気になるとか、また写真を撮って送ってくれる人もいます。東京の次は兵庫県のY字路の取材を始めます。まず但馬地方へ。さらにそれを兵庫県立美術館で公開制作を来年2月1日〜5日の期間行います。その資料写真は会場で展示の予定です。詳細は追ってこのホームページのインフォメーション欄で。

どうしたのだろう。最近色んな人が写真や絵の感想をブログなどで語ってくれているのは嬉しいが、多くの人が、それらの作品を理解するのに「言葉」に依存している。「言葉」以前に自らの「目」をどうして信じないのか?目は感性の窓でもある。現代人は明らかに感性が退化してしまっているように思う。それは肉体を通した自給自足の精神の欠如からきている。仕事が全て細分化された結果、一人の人間がトータルで肉体的行動をしなくなったためだと思われる。感性イコール行動する肉体である。

工藤明子さん
しばらく温泉には行っていません。越後湯沢に行く予定だったのをキャンセルしました。残念でした。

水島督さん
「ほぼ日」での対談(雑談)そろそろ始まるのではないでしょうか。

藤巻一也さん
「東京Y字路」の黒猫は正解です。他の写真にもう一匹います。ミラーの中は自写像です。

小島広美さん
ルソーの絵の背後に見え隠れしている狂気を明確にしたかったのです。絵画に対する絵画による批評みたいなもんです。ぼくは自作に対する(自己)批評も時々試しています。反省や解釈とも違います。

油絵はアクリルと違って制作時間(待ち時間)がかかります。この時間が逆に当初の予想を裏切ります。アクリルは短距離、油絵は長距離で普通スポース選手はこんな極端な走法はしませんが、ぼくは自分の中で対極(岡本太郎の対極主義みたいに「主義」にはしない)を設定し、そ落差が激しければ激しいほど、そこに矛盾のエネルギーが生じることに期待します。

11月11日

毎朝、喘息のために、へちまの液とショーガ液を飲むけれど、これがとても飲みにくい。だから息を止めて、味覚を意識の中で否定して飲む。するとなぜか味覚は確認されないまま咽を通過する。創造も同じ。意識する、しないで結果が変わることに気づく。

以前歯科医に消毒液をもらった。これがこどくらい効果があるか試す実験を見せてもらった。ぼくの痛む親知らずの周辺の唾液を一滴採取して、そこにこの消毒液を一滴落とした。その様子を顕微鏡で見た。(ビデオで)。すると元気に動いていた無数の菌が片端から動かなくなって死んでいった。その消毒液がまだ残っていたのを思い出して、うがいを繰り返した。するとたちまちチクチクした痛みが、綿に包まれたように消えた。

わが家のタマはぼくのベッドルームのテレビの前で寝る。朝方になってぼくが目を覚ましたかなと判断すると、鳴く。この鳴き声には種類がある。お腹がすいた時の鳴き声、ぼくの枕元に来たい時の鳴き声、トイレに行きたい時と三種類の声がある。それを聞き分けなければならない。やっとそれがわかるようになった。鳴き声にはあまり区別はない。顔の表情にも区別はない。禅の公案を受けているような気になってくる。

今描いている絵は消し、消しては描き、を繰り返している。最初はどうなることかと案じたが、「そうだ、この絵に関しては最後までこの仕方でやってみよう」と決めた途端、この繰返しが面白くなってきた。でも時間は倍かかる。次回からの新しい手法にしよう。

11月10日
家の近くで道路工事をしている。その作業場に飲み物の自販機がある。作業員のために設置されたらしく、限定販売で安い。120円が100円、150円が120円だったかな?ただ安いというだけで、別に飲みたくもないのになぜか毎日買って飲んでいる。

昨日のストレッチが効いたのか今日は少しましだ。ついでに歯もマッサージしてもらったが、こちらもかなりよくなった。また夜はヘアーカットに行って、頭を長時間マッサージしてもらったが、相変わらず物忘れは激しい。お金を持っていくのを忘れた。これは物忘れのカテゴリィには入らないだろう。

公園のベンチで本を読んでいると、上空で飛行機の爆音がした。真青な空に自衛隊機が五機編隊を組んで飛行していた。突然飛行機雲を出した。鋭い爪で青い空間を引き裂いたような五本の白い航跡が走った。

子も前にも書いたと思うけど、待ちを歩いていて気になるのは老人(男)ばかりだ。「この人、一体何歳だろう?」顔を見る度に年令を当てようとする。といって答えは本人に聞くしかないけど。今までもここまで同世代の人間に興味を持ったことがあるだろうか?街に人が沢山いても老人しか見えない、そんな感じだ。これは今までにない風景だ。新しい体験だ。

糸井重里さんが作ったショーガ糖(糖といってもそんなに甘くなく、むしろ咽を通る寸前、物凄く痛い) 。いや熱いか?カライ?のだが、それが喘息にスゴクいい。数が少なくなるのが惜しい。作り方を聞いたけれどメンドー臭いので、糸井さんが次に作る時、ぼくの分(材料費、手間賃は出します)作ってくれないかな。このブログを糸井さんが読まなきゃ。読んだ人、本人に伝えて下さい。

葛根湯とセルベールはいつも肌身離さず持ち歩いている。昨夜、ぬるい風呂に入ったら朝方、咽が変で、「ヤバイ」と思ってすぐ葛根湯を飲んだら、数分で治った。セルベールは、食べ過ぎ、甘いもの、脂っ気のもの、肉など食べるとすぐ胸やけがする。5〜6年前までは何を食べても平気だったが、前期高齢者(来年ぐらいから後期)になると、たちまち起こる現象だけど、瀬戸内寂聴さんは86歳で、しかも尼僧だというのにステーキをペロッと食べて、平気な顔だ。まあ、こーいう人の真似などすると寿命を縮めてしまうので、いくらエライ人でも真似はできない。

11月9日
腰痛の マッサージを受けるが、急に治ったわけではない。理由を考えたら心当たりがあった。というのは子供時代から猫背だったので、この辺で軌道修正をと思って姿勢を正して歩くようになった。その反動がどーもきたようだ。

日本メダカに何があったのか?昨日一度に10匹ばかりバタバタ死んだ。泥の田んぼから、浄化したきれいな清水に移ったからだろうか。前日までミサイルのように飛び交っていたのがウソのよう。

昨日から背中が痛みだした。3日前から歯が痛む。このところずーっと手の指が痛い。他には?と考えてみたが今日現在は以上。その内何かが治って何かが痛くなる。これはぼくの病気パターン。今日「病の神様」(文藝春秋)の文庫本の増刷が届いた。

◆贈呈本
南雄介さんより「THEハプスブルク」国立新美術館

11月8日
写真集「東京Y字路」の249点の中で猫のいる写真が2点あります。わかりますかね。撮っている時、人がいない瞬間をとにかく待ちました。東京から人が消えるという瞬間を撮るということは、実はお恐れた考えだったのです。

久し振りにマンガの本をまとめ買いしました。マンガばかりじゃ、飽きてしまうけれど、時々読むと、また活字本に戻りたくなります。マンガのパワーに対する挑戦が絵画制作を方向づけてくれます。

西村画廊の「Y字路」展をキリコみたいだと朝日新聞の展覧会評で書かれていましたが、実は撮影中、常にキリコを感じながら撮っていた。キリコの「イタリア広場」から人を消したと想像する。だけど無人の「イタリア広場」からは不在感が感じられない。キリコの「イタリア広場」とぼくの「無人のY字路」は丁度真逆だ。それは絵と写真における形而上の問題の差異だろうか。

11月7日
◆贈呈本
篠原資明さんより「空うみのあいだ」篠原資明著

4時間近く糸井重里さんと話す。何を?何だっけ?思い出せない?思い出そうとするとメンドー臭くなる。まあ、こーいう話しを延々していたのであります。実に実りのある話しをね。マサイ族が裸足で歩くのと同じ感触が味わえるという靴をもう四足も履き捨てたという、糸井さん大変お気に入りの靴を薦められた。

「マルセル・デュシャン書簡集」の中にデュシャンがピカビアに「不幸の手紙」を出していたのを発見。デュシャンがやれば何だって作品になってしまう。いや、してしまう。

11月6日
◆贈呈本
日本美術協会「Art of our time」

しばらくアトリエで描いていなかった。その間公開制作が多かったからだが、不思議なもので絵の描き方を忘れる。毎日バットを振ったり、ピアノを弾くように続けていないと忘れるものだ。だけど忘れることで、別の表現に出合うこともある。ぼくは絵のスタイルが常に変化しているのは、何もしない空白の時間のためかも知れない。

水島督さん
そうですね。サイン会の時インフルエンザはまずいですね。何しろ喘息持ちですから、風邪を引いたら最悪状態なんです。

はこたゆうじさん
ポスターシリーズは面白いですね。小学生ぽくていいですよ。ぼくも未発表のもので結構スケッチブックに描いています。仕上げて発表するかどうかは未定です。それにしもはこたさんの頭の中には不良が住んでいてサイコーです。

春でもないのに毎日眠くて仕方ないけれどこの時期誰でもそう?血糖値が高いと眠くなると聞いたけど、それかな?睡眠は例によって7時間きっかりなので不足ということはないと思う。わが家の猫などは一日中眠っているので相当血糖値が高いはずだ。

作家の江上剛さんより写真集「東京Y字路」の写真の中で人が写っているのを発見したというメールが来た。実はぼくも発見しました。一枚の中にはっきりと二人写っているんです。この人がいなくなるのを相当待ったのですが画面から消えてくれなかったのです。江上さんが見つけたのとぼくのは違う写真かも知れない。猫がいる写真もあるけれど、これはまだ誰も発見していない。カメラマンから聞かれるのは「コンピューターで消したの?」という質問が多いが、カメラマンは街の中から人を消すのが如何に難しいかを身を持って体験しているから、ぼくにそんな質問をするのだろう。まぁ遠くに小さい人が写っているかも知れないが、むしろ人が写っている写真があることでコンピューター処理をしていないことが理解されるだろう。それにしても江上さんは非現実的な空の色に疑問を抱いておられるようだけれど、一切人工的に手は加えていない。それをやると偶然に対する礼節に欠けるではないか。偶然は時には芸術の女神でもあるからだ。

今日、3時から糸井重里さんとY字路対談をアトリエで行うけれど、糸井さんの「ほぼ日」ではON TIMEで対談が実況されるのではないかと思います。のぞいて見てはどうでしょう。

11月5日
TAD NAGAOKAさん
以前に金沢で公開制作をした作品は地元の酒造会社の福光さんがコレクションされています。200号と100号だったと思います。中学時代に未読のままの本は「少年王者」ではなく、南洋一郎の「バルーバの冒険」です。

中嶋えりさん
14回も会場に足を運ばれた?ぼくは3回です。上には上がいるものですね。しばらく金沢からは離れますが、一度縁ができると、またということもあります。妙立寺の近くに住んでおられて一度も行っていない?あぁ、もったいない。

タマが風邪引いているので、キャットフードの中に葛根湯を入れたら、食べなくなってしまった。そりゃそうだろうな。ぼくだってごはんの中とか、肉じゃがに葛根湯を振りかけたら、食べないもんな。

理想の睡眠時間は7時間だという。それを知って以来不思議に7時間睡眠になった。いつも9時にベッドに入って10時にコトンと音は立てないが眠る。夜中に目が覚めない時はピタリと7時間後の5時に覚める。途中でトイレに行ったついでにテレビを見たり、本を読むことがあるが、この起きていた時間は又寝で眠る。それをトータルするとピタッと7時間だ。体がおぼえた癖だ。

絵ってヘタになる時がある。ヘタになることも大事だ。ウマイだけでもダメ。ウマサを通り過ぎてやっとヘタの境地に立つ。通り過ぎるウマサもなければ、ヘタの境地には立てない。本物のヘタにはそう簡単になれない。

11月4日
世の中のものに一切興味がなくなると、最高だ。あとは自分の描く作品にのみ興味を持てばいい。熊谷守一さんの境地だ。

朝のニュース番組を見ていたら、国会図書館の蔵書の中で一番長いタイトルの本がぼくの114字だそうだ。念のために…。
「悩みも迷いも若者の特技だと思えば気にすることないですよ。皆そうして大人になっていくわけだから。ぼくなんかも悩みと迷いの天才だったですよ。悩みも迷いもないところには進歩もないと思って好きな仕事なら何でもいい。見つけてやって下さい。」
原物写真はHPのShoppingの書籍欄で…。

水島督さん
書店でのサイン会はあんまり経験がないんですよ。なんだか恥ずかしくってね。以前、淀川長治さんと「二人でヨの字」(筑摩文庫)という対談集と筒井康隆さんと「美芸公」(文藝春秋)を出した時、淀川さん、筒井さんと一緒にしたことがありました。今度は初めての写真集ということと、ライフワークになりつつあるY字路などでサイン会を行うことになりました。
場所日時:神田三省堂(11月23日14時)、ビブロ池袋本店(11月23日17時)

伊藤理恵子さん
アンリー・ルソーのシリーズはもう少し描きたして、画集にする予定でせう。歯科医の先生なら、ぼくの絵(ピンクシリーズ)のガタガタに欠けた歯の女とか、金歯などは気になられたことでしょうね。ぼくはなぜか歯医者知らずで、歯は全部健在です。時々親知らずが疲れると痛む程度で、これが結構健康のバロメーターになってくれています。

金沢21世紀美術館での「未完の横尾忠則」展、無地終了しました。大勢の方に観ていただきました。ありがとうございます。最終的に入場者は8万3760人に達しました。

11月3日
アトリエで久し振りに絵の制作を開始した。ざっとデッサンをとったが、不適だ。新しい(自分にとって)イメージが描けないからだ。自分でも見たことのない作品にならなきゃ描いても意味がない。新大陸を発見したいからだ。

あんなに毎日テレビで野球を見ていたのに、3〜4年前からジャイアンツファンをアンチジャイアンツに切り換えた途端、野球そのものの興味も失せてしまった。こんな風に過去の作品と完全に決別できると気分がいい。こんな風に次から次へと過去を消していきたいものだ。

11月2日
◆贈呈本
森山大道さんより「にっぽん劇場」/「何かへの旅」森山大道著

北島聖子さん
金沢の滝のガラスの部屋で「自分を下からみたのは、人生で初めてでした」は中々きわどいご発言!

松島健さん
妙立寺(金沢)に関する面白い情報ありがとうございました。昔、寺の近くには遊郭がありましたが、妙立寺そのものが遊郭だった?とは、知りませんでした。案内人はそんなこと一言も触れなかったけど…。

YOMIさん
金沢の24日は学会の人達で金沢市のホテルはどこも全部屋満室で、ぼくもいつものホテルに泊まれず、ビジネスホテルだったのです。朝食は小学校の給食みたいで、小さいアンパンや普通のパンでパターもなく、聞いてみたら作る時にパンの中にバターが入っているつもりとか、デザートがアメだったり、和食はオニギリだったり、ミルクやジュースの代わりに冷えた麦茶だったり、そのくせ、コーヒーはエスプレッソだったり、わけわからん朝食でした。

藤巻一也さん
飛騨の山国にお住まいとか、あそこはぼくにとってはちょっとヒルトンの「失われた地平線」みたいな所だったですね。

水島督さん
「東京Y字路」展の写真のインスタレーションと、写真集は印象がかなり違うでしょう。写真集の方はじっくり一枚づつ時間をかけて見ていただくと色んな発見があると思いますよ。それは写真のカテゴリーやレイアウトの中に色々仕掛けています。

高倉幸恵さん
ルソーの作品はぜひ展覧会で見てもらいたかったですね。このシリーズの絵はまだ描き続けますので、全部が完成した時、まとめて発表したいと思っています。その時は子育てほっといて、ぜひ見て下さい。

11月1日
11月だというのに今日のこの暑さはちょっと異常。風もあるが生暖かい。気候としては最適だけれど、この時期を考えると異常気象では。温暖化で空気が薄くなるのを恐れる。空気だけは吸いだめできない。

「小説永井荷風伝」(佐藤春夫作)を買って、想い出した。六月に買って本棚に並んでいるというのに。こーいうことは実に多い。物忘れの激しさが同じ本をどんどん増やす。

原稿用紙(パソコンはできない)に向かうのは易いが、キャンバスに向かうのは覚悟がいる。その理由は?それは面倒臭いからだ。そのくせ気がついたら面倒臭いことばかりやっている。「メンドークサイからやっちゃーってね」

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