2012年10月
咽笛も止み、やっと眠れるようになりました。明日は横尾忠則現代美術館の2日のオープニングレセプションに合わせて神戸に行きます。その前に大阪・国立国際美術館のグレコ展を拝観。展示も全て完了して一般公開の3日を待つばかりです。
この間から喘息のヒューヒューという音で、不眠状態になっていたが、昨夜は古代の巨大な壁を時間を掛けて登った。その頂上の先きは広大な海が広がっていたという夢を見た。やっと眠れたが、そのことを表象したような夢だった。
元日経新聞の竹田博志さんからバルセロナのミロ美術館にぼくのY字路の本が売っていたのでびっくりしたという手紙をもらってぼくもびっくりしたという話を妻にしたら彼女もびっくりしたと言った。
竹田さんは画家の野見山暁治さんと一緒の旅行で、92才の野見山さんは一行の中で一番元気だとか。海外旅行は「止め」と言っているぼくは我ながら情けないと思う。
「ユリイカ」11月号は全篇ぼくの特集号で、20人の執筆者の眼で料理されている。様々な味を牛みたいに何度も味わいながら勉強させてもらっている。
「ユリイカ」11月号の表紙は強烈です。蜷川実花さんの写真です。一見、ぼくがどこにいるかわからないので、ちゃーんと◯で顔が囲ってあります。彼女も好き、ぼくも好きなタカラジェンヌが踊っている絵の前で涅槃のポーズです。地獄で目覚めるという図でしょうか。
ぼくは秘かにマニエリストを演じていたのですが、そこを若桑みどりさんではなく高山宏さんにズバリ指摘されました。「ユリイカ」の中で。
日が暮れるのが早いのでアトリエの中はすぐ暗くなる。といって電気は絵具の色を変えてしまう。冬は制作時間が短い。あとの時間は何かを想うだけ。
そーなんですよ。わかってて猫にイカを食べさせながら、いつ腰を抜かすかなと思いながら。何んとかセーフでした。でもイカで腰が抜けた猫を見た人っているんですかね。誰も見たことないんじゃないかな。では次はタコにします。
猫がイカを食べにくそうなので、噛んでから食べさせた。子供の頃母がソラ豆を噛んで食べさせてくれたのを思いだした。その時ぼくは母に「ニャンニャして!」とねだっていたっけ。
自分が何をやるか、そんなことわかって絵なんか描けるものか。わからないから描くんじゃないか。ぼくはそれほど莫迦だと思うよ。
馬鹿を、馬鹿を承知のこの稼業、赤い夕日に背を向けて、どうせ俺らの行く先は、その名も、おえかき番外地。
「僕は白痴じみた絵が好きだった」(アルチュール・ランボー)
ワールドシリーズの対戦がGIANTSとTIGERSだから、思わず「巨人、阪神」なんて言ってしまって、自分で笑っちゃった。
メダカが死んだと思ったら、1匹いた。大きくなっていてメダカというより小魚だった。
例年より1ヶ月遅れで庭の金木犀が、満開。今朝見ると樹木の下は真黄色。香りが辺り一面に立ちこめていた。この樹の下で眠ると不眠も解消されそう。
不眠の原因は喘息のヒューヒューという咽の奥から発する音だった。温泉旅館で聞いた川のせせらぎの音ではよく眠れた。自然の音は眠気を誘う。喘息の音も体の発する自然音のはずだが……。
庭の水瓶の中のメダカが急に姿が見えなくなったので絶滅かと思ったら昨日一匹だけ姿を見た。一日安心した気分だった。
寒くなったのでアトリエの蟻が出てこなくなった。ヤレヤレだ。人に踏まれないで済む。
田舎に住んでいるわけじゃないけれど、自然と親しむ感覚はぼくの創造に深く関わっていることだけは確かだ。
「方丈記」の冒頭じゃないが自然の変化が無情を説くように、自然を見つめることは自分を知ることに繋がるように思われる。
昨日、野川の鯉を見ていたら、大・中・小の親子三代がいることに気づいた。大は1メートル、中は30センチ、小は5センチ。
この季節になると喘息の発作が起こる。しかも寝ると咽のヒューヒューという音が耳障りになって眠れない。といって眠剤は喘息の敵で場合によって呼吸困難に墜ち入る。以前病院に駆け込みあわやのところで一命を取りとめただけに怖い。救急車が間に合わず、自宅での死亡が一番高いのが喘息。
とにかく咳が出ると、そのまま喘息を誘発する。ぶどうの汁が咽の奥に飛び込んだだけで激しい咳を呼びそのまま喘息の発作を迎えることさえあるので、ヤバイ。
医者の中には喘息と一生つき合うしかないと言うが、その一生の終りが喘息の発作によって幕を閉じることだってあるじゃないですか。と医者に言ってもしょうがないかあ。
久し振りにピンクフロイドのCDをまとめて聴く。喘息にモーツアルトが相性がいいがピンクフロイドも悪くない。
ボストン美術館のシャンバラ展に出品した作品がピンクフロイドのアルバムカバーにそっくりなので、その引用だと学芸員は思った。ところがぼくの方が1年先きにデザインしている。ネットで識べたら、ピンクフロイドのデザインをしたデザイナーはぼくのファンだと語っていたので、学芸員もニッコリ納得。
キケロやセネカ、そして晩年のヘッセを座右の書にしている。全て人生の短さや老いについて語られている。その一方で少年文学が手離せない。ヘッセの「人は成熟するにつれて若くなる」が自己の中で検証し始めているのだろうか。ヘッセが少年時代の生活感情を心の底にもち続けてきたことと通底するかな?
喘息との因果関係はないが、胸焼けが激しく、夜中に目を覚ます。そして不眠に繋がる。因果なものだ。
すでに書いたが中野孝次の老年に関する本は片端から読んだ。今のぼくの年令で書かれたものだ。著者の愛読書は全て古典。セネカ、キケロ、老子、「方丈記」などはぼくと重なるが、「正法眼蔵」はぼくも禅を習ったので道元は齧ったが、この本はハードルが高い。中野さんに会ってみたかった。
都会のど真中で隠者のように暮していた中野さんは「今ココニ」常にマインド(頭)ではなくハート(全身心)で生きることを心がけた人だ。
老令になると読む本は10数冊に限られてくる。知識教養のためではない。生きることに真剣になると多読から離れる。
今日の夕日はかつてインドのデカン高原で見たような物凄い巨大なものだった。
映画監督の若松孝二さんが急死した。近年の彼は何かにとりつかれたように次々と作品を連発していた。誰かが「死に急いでいる」と言っていたが、その通りになった。ぼくと同年だ。長い間会っていなかった。
この年令になると、色んなことを経験しているのに世の中や人生には不条理なことが多く、わからないことが沢山ある。元々答がないことなのかも知れない。だからわからないことはわからないことにしておこう。
それに対して若い人は何んでもわかったように物を言う。うらやましいが、彼等も老令になると、逆に人生のわからないことだらけに気がつき、沈黙するに違いない
人生の浅い人間が、何もかも知ったふりをするのをジーッと見つめていると、睡魔が襲ってくる。
昔は老人(年長者)が若者を説教し、そのことに耳を傾けたが、今は若者がわれわれ年長者に説教してくれる。そんな若い聖人がしばしばツイッターにも顔を出す。
年の変らない身近な人が死んでいく。そのことをしっかり意識しよう。そうすることで人ごとではないことに気づく。
神戸の横尾忠則現代美術館が11月3日オープン。㐧一回展は「反反復復反復」(ハンハンプクプクハンプク)だ。なぜ反復? とよく聞かれる。ぼくの作品は全て未完だ。それに手を加えようとすると反復になる。
ぼくの人生って、近代的時間のようにスピーディに進まない。反復しながらトロリトロリと老人の歩みのように進む。
頭の中で描く絵のように上手く描けたためしはない。出来上った絵は一体誰の頭の中の絵を描いたのだろうと思うことがある。毎回色んな人がぼくの頭を借りて絵を描いているらしい、と感じることがある。彼等のための機械になればこんな便利なことはない。
アトリエの道の途中香っていた金木犀だが、わが家の金木犀はどうしたのだろう。まだ花をつけていないのだろうか。それとも嗅覚が鈍感になったのだろうか。芸術があまり感覚に頼ることを戒めているから匂っていてもわからないのだろうか。
40年も住んでいる町で、しかもアトリエに行く途中なのに、まだ一度も通ったことのない道があるのに気づいて、今日はそこを歩いた。ちょっとした異次元体験をしているような不思議さがあった。
この間の朝日の柄谷行人さんの書評は相変らずいい。狼の群と暮らした男の話だ。彼の行動を通して評者は「カミになりたいという欲望ではあるまいか」と。ぼくはここでクスッと笑った。オオカミはもともと「オオカミ」という神だからその通りだ––と。
加藤登紀子さん
リツイートありがとう。西脇(の近く)で加藤さんのコンサートでのトークに欠席。高熱が出てドタキャン失礼しました。神戸に美術館ができます。オープニングの招待状送ります。もし、その辺りにおられたら、どーぞ。
夏里冬夜さん、宝塚とのコラボはやっていますよ。ポスター10公演、舞台美術も。知らなかった? もぐり宝塚じゃない?
このところ毎日のようにいくつも言葉を失っていくのが実感としてある。物語的な絵は言葉だから、その物語絵画を卒業しようとする意志が言葉を忘れさせているのかも知れない。
子供は語彙が少ない。だけどその少ない言葉で大人を言いまかす力のある言葉を発する。ぼくの言語疾失現象によってわずかな言葉になってしまった時、子供のように核心を突く言葉(絵)によってズバッと言いたいことが言えないものだろうか。だったら言語疾失症も悪くない。
だけど評論家達がマルセル・デュシャンにまどわされる原因は彼の題名が、さぞ意味がある如く思えるからだ。作品はどうでもいいのだ。彼の題名はある意味で文学を超えている。だからタチが悪いんだ。
文楽は観るものとばかり思っていたら、聴くものだという。(谷崎潤一郎もそう思っていた)すると義太夫が主役ということか。文楽は人形を観るためだとばかり思っていたので、びっくり。人形の動きに合わせて、唸るのかと思っていたらその反対。でも竹本住大夫さんと会って以来文楽を聴こうとしている。
歌舞伎、狂言、能、文楽の順で古典芸能に興味を持つようになってから久しい。このことは、ぼくにとって大きい財産になっている。さらにそこに宝塚歌劇が加わった。アングラ演劇は早い時期に卒業してしまったせいか、現代演劇は中々馴染まない。
最近の調査でこしあんよりつぶあん派が圧倒的大差で勝(?)った。それでも天野祐吉さんはまだこしあんですか? 以前池田満寿夫と箱根の旅館で編集者が間に割って入るほどの大論争。もちろんぼくはつぶあん派だ。
キケロを読み、老境のヘッセに触れる時、自分が後期高齢者にも関わらずまだ老人の資格を得てないような気がする。ということは真の意味での老境に於ける至福にはまだほど遠いということだ。
老齢と共に「かつて自我と呼ばれた存在」は全体のひとつになるなら、その先きの創造こそ生涯求めていた境地ではないのか。
今日は久し振りで、タカラヅカの公演を観に行きます。花組の「サン=テグジュペリ」です。トップの蘭寿とむさんのニヒルな男性像にしびれてきます。
久し振りにタカラヅカを観ました。蘭寿とむのパワーとエネルギー充満の歌とダンスに聴き惚れ、見惚れました。彼女のひとり舞台という感じで、舞台は変化もなくワンパターンという感じ。装置はもっと面白いことができるのにと残念。
「別冊太陽」まる一冊横尾篇が出版されることになって、南雄介さん(国立新美術館)が作品の選択と文、監修で目下編集進行中。「ユリイカ」の横尾特集も進行中。他に「演劇・映画・コンサートポスター集」(ggg)、「横尾忠則全装幀集」(ピエブックス)、ラッピング電車写真集(淡交社)など。
古本屋に入るとつい洋書の画集を買ってしまう。それも同じ作家のものばかり。ぼくにとって買うことは思念なんだ。徹底的に思念した挙句、その作家から離れて0地点に戻る。
趣味の病院通いは止めた。このことは病気にならないという覚悟宣言みたいなものだ。
脂っぽいもの、刺激物、甘いものはすぐ胸焼けする。要するに好物はダメということなんだ。
60年代に聴いた、アイアンバタフライ、ジェファーソンエアープレイン、マザーズオブインペンション、バニラファッジ、ジェスルタル、クリーム、レッドツェッペリン、ストローブス、TREX、グレートデッドフルーツ、などなどを再び聴く。
ポール・デルヴォー展(府中市美術館)を見た。大半が日本初公開作で、ドローイングが沢山見られた。あまりドローイングを描かないぼくには刺激になったというより、学ぶこと多し。ヌードが主題のせいか女性観客より男性が多いとか。
スカイ・ザ・バスハウスの個展があと3日(6日まで)で終る。東京の人で、ぼくの絵(原物)を見たことのない人が大半だと思うので、この際是非見て下さい。瀬戸内海の豊島のぼくのパビリオンではもう少し点数を追加して来年以後見られますが……。
事務所のある建物は「成城ヒルズ」と言う。北九州にいる同級生からハガキが来た。「成城丘」と書いてあった。最初は意味もわからず「丘」がオカと読めなかった。あゝ、そーか「ヒルズ」を翻訳して「丘」と書いたんだ。今後「成城丘」と呼ぼう。
認知症になったかと思った。認知症は朝ごはんを食べた記憶がない。何を食べたか思い出せないのは健忘症だという。するとぼくはどうもその中間らしい。
駅前の自転車を止めてレストランから出たらない! 自転車監視員に紙を貼られていた。ところが鍵がない。スタッフが自転車屋に自転車を持って行くためい現地に行ったが、「ない」という。監視員も「知らん」と言う。たった4分の間に消えた。ところが自転車では行っていないことが判明。家にあった。
涼しくいたいと思うと朝風呂が一番だ。出た直後は温かいが、しばらくすると冷えてきて気持いい。そのかわり眠くなるけどね。
先週見た「寅さん」はガスの抜けたような登場人物にまとまりのない映画だったが、山田監督に聞いたら、別の監督の「寅さん」だった。3本目と5本目が別で6本目が爆発的に当たりそれ以後山田監督作になったそうだ。
現実には滅多に遭遇しないような、それが例え恐ろしい状況でも、これが夢であるなら、いくらでも見たいと思う。日常では起り得なくても夢の中では立派な現実だ。命は保障されているのだから小説の登場人物のような夢を見たいと念じて床につく。昼夜2つの人生の経験だ。
大阪方面にカバン3個を持って駅などでウロウロしている夢を見るが、夢の途中で何度も目が覚めそうになる。だけどもっと眠りたいために、再び夢の中に戻ろうとして、また続きを見る。これを延々朝まで続けていた。こんな経験の夢は初めてだ。
「ユリイカ」のぼくの特集号(11月号)で大山エンリコイサムさんのインタビューを受ける。29才のアーティストで彼の適確な質問によって、普段語らない内容のインタビューになった。
古書店を中心に横尾のポスターが出廻っていますが、これらの大半は某印刷所が放出したものです。真正なポスターはアートプラネット・ワイ より刊行したもののみで、画面右下にエンボスと裏面にスタンプが捺印されています。それ以外は商品としてのポスター価値は皆無です。
ネットオークションなどに横尾のポスターが出ることがありますが、右下のエンボス(浮き彫り印)と裏面にサインに該当するスタンプが捺印されているかどうか確認して下さい。
いつも思うんだけれど、ターザン映画のターザンはいつ髭を剃るのだろう。剃刀がないので腰のナイフで剃るとしても石鹸がないはずだ。こんな風に考えて映画を見ると不思議なことだらけだ。
山田洋次監督「東京家族」にはあまり音楽がない。特に感情表現の音楽がないのがよかった。松竹の人はつまんない映画は音楽を多用するんですよと言った。ウン、ウン、心当りはある。
ニューヨークの画廊から美術雑誌「ホワイト・ウォール」(秋号)が送られてきた。この中で草間彌生さんとぼくがそれぞれ10ページの大特集が組まれている。日本にはない大型の立派な美術誌だ。アマゾンで手に入るのでは?
雨が降って蟻の巣が浸水すると、翌日、巣の中の土をどんどん外に放り出す作業に務めていた。
僕が一番伝えたいことはツイッターの言葉ではありません。今一番伝えたいことはスカイ・ザ・バスハウスで個展中の絵画作品です。この作品群に今の僕が全て語られています。言葉には限界があります。(スカイ・ザ・バスハウス)
又、「横尾忠則コラージュ 1972-2012」(国書刊行会)は僕の絵画の源泉でもあります。