YOKOO'S VISION - 横尾忠則の日記 -

2013年01月

大晦日は描き納め。元旦は描き初め。足かけ2年で1点仕上げる。

制作が乗ってくると、怒りに似た感情が沸き上る時がある。こんな時は絵が作者を導くのではなく、作者が絵をねじ伏せる番だ。「来た、来た」という感じだ。

絵で勇気を出さなければならない時は破壊を成す時だ。この破壊が中々成せないのだ。

冬至に近づくと共に気力も失せつつあったが、冬至が過ぎると気力が戻ってきた。

絵を見る時、人はやっぱり言葉に置きかえて見る習性がある。そんな言葉さえ無用な絵が描けないものか。味の実感は言葉で語れ得ないように。

絵は最初、自らを限定することから出発したが、いつの間にか自らの限定から逃走することしか考えなくなった。