2018年06月19日
今日かな? 昨日かな? 瀬戸内さんが97才とツイッターで書いたら、「とんでもない96才だよ」と訂正されました。この年になっても女性は1才違うだけで大問題みたい。

TBSの水曜ドラマのタイトルバックが手に入らないかと、ツイートでお願いしたら、本当に手に入ることになりそーだ。矢島さん、ありがとうございました。

昔、わが家で家事などのお仕事を手伝ってくれていた竹中さん、一度、手紙をいただいたのに、紛失してしまいました。もしこのツイートを見てくれていたら、ツイートするか、メール下さい。

昔、神戸新聞会館のデザイナーの播磨さん、一度便りをもらって、あなたが出演したテレビを見ましたが、その後、お元気ですか?

昔、神戸新聞にいた時のマーケティングセンターの仲間の皆さん、お元気ですか?

NHK出版で再版された「夢枕」(夢の絵日記集)が絶版になります。残部30部はアートプラネットで販売可能です。ネットにアクセスして下さい。

「AERA」の創刊間もなくの頃、表紙になりましたが、この号を手に入れたいと思います。新品がいいですが、古書店でも見つかりません。何か情報下さい。

昔、講談社の絵本の「宮本武蔵」をいただいた講談社の編集者にお礼をと思いながら、そのままになってしまいました。もし、このツイートご覧になっておられれば是非ご連絡下さい。

今度、イーストプレスから「アホになる修行」という本を7月に出ます。アマゾンでは予約が開始されているよーです。

今、編集中の画集「カルティエの家族」みたいなタイトル(未定)の本が秋に出ます。アーティストの肖像画集ですが、現物は上海の美術館のカルティエ展に出品中です。

地震見舞の電話を瀬戸内さんにしたら、留守電。東京に忘れてきたそーで、相変らず飛び廻ってらっしゃるらしい。97才?でしょう。無茶苦茶元気ですね。この間、お墓のデザインを頼まれたかと思うと、今度はおにぎりの包装です。死と生ですね。

墓のデザインは、昔柴田錬三郎さんのを作りました。それと自分のも。自分の墓は保守的なものです。ただ英語入りです。

昔、瀬戸内さんにおみくじのデザインを頼まれて四国へ行った時、その依頼主がコンドームの蒐集家というので、おみくじはどーでもいいけどコンドームの方が面白い。ところが、コンドームじゃなく、金剛仏(コンゴーブツ)の蒐集家でした。この頃から難聴だった。

難聴は音は聴こえるけど内容がわからない。だからコンゴーブツがコンドームになるんです。

2018年06月18日
NPO法人日本聴覚障害者芸術協会の事務局が来られた。ぼくだって立派な社会的聴覚障害者だそーだが、ぼくは自ら健常者と区別はしていない。

第一、障害者として限界を定めてもいないし、病人だとも思っていない。聴こえないことで便利なこともあります。

ハンディを超えて素晴しい絵画作品を描いている人達が沢山いる。そんな作品集をいただいた。五感のひとつがダメなために別の器官が働いた結果だ。耳が聴こえないために、心の声、時には神の声を聴いた人達もいるはずだ。

漢方医で血圧を計ると上が151。そんな馬鹿な、「もう一度計り直して」と言って計ると、2度目は121。もう、これでいいんです、と自己診断する。そーとわかると不思議と不調が好調に変る。

人間というか、ぼくは気分の動物だ。気分で歩いて、気分で働いて、気分で食べて、気分で描く。それ以外の理由ってある?

今朝の大阪の地震には驚いた。阪神淡路大震災のあと、しばらくはないと言っていたのにまただ。知人の消息は気になったが、全員無事。

2018年06月15日
玉置浩二さん来訪。「ビルボード」と「神戸っ子」2誌の取材。安全地帯から4年経って、目下オーケストラで歌うことが多い。

オーケストラ、ソロ、バンド安全地帯と三刀流。

「週刊新潮」で食べて悪いパン屋のメーカー、食料品などを特集。研究しましょう。


久し振りで木版画に挑戦することになった。彫り師とのコラボで創造というより破壊を目的にしたものをと考えている。1年に5点が限界。だから2〜3年かかる。その内大きい作品を自分で彫るのも作りたい。加齢と共に作品も原点に戻る。

これからは何んでもできそーだ。野心のある間は逆に身動きがとれないが、そんなもんがないので本当の創作はこれからだ。

今、9月からニューヨークのギャラリー(チェルシー)での個展の制作中。新作20点以上は欲しいけど、どーなるかな。ただ今までの個展作の大半がコレクターの手に渡ってしまっているので、その分国内で発表できないのがイラツクんだよね。

だから気に入ったのは2点描いて(マグリットやキリコみたいに)一点は国内に置いとくことを考えようと思う。すると身体が2ついるんだよね。

今、ひとつ考えていることは海外に行っている作品200点以上を集めた作品集にして画集による展覧会しかないんじゃないかな。

2018年06月13日
老齢と共に少年文学に興味がでてきている。というか少年時代と変らない読書をしているという感じかな?

晩年のピカソの絵はどんどん子供の絵のようになっていく。ルールをはずせば子供になれる。

年相応って嫌だね。年を取ったなあと思うことがあれば年相応のことをしている証拠だ。

ウォーホルは機械になりたいと言ったが、ぼくの耳はサイボーグだ。

2018年06月12日
普段は自転車通勤だけれど、雨が降ると歩きになる。ブラブラ(またはフラフラ)歩く時と、サッサと若者のように速く歩く時もある。昨日は雨の中、長距離を早歩きしたら、腰が重傷。相撲取りが貼っている特大のパテックスを貼ったら多少は楽だけれど、全治1週間以内の自己診断。

昨日、サンフランシスコの友人が送ってきた写真がD.ボウイとのツーショット。それがどこで撮られたのか全くわからない。ネットで発見したそーだ。たまたま、ボウイがぼくの本を持っていて、それがボウイの愛読書100冊に入っているので、その文章を頼まれたという。ドイツから出版の予定。

2018年06月08日
玉置浩二さんの2作目のポスターです。今夕の朝日新聞に出ています。

今日の朝日新聞の夕刊の玉置浩二さんのコンサートのアドバタイジング見て下さい。

2018年06月07日
DURAN DURANのLPが発売されました。


2018年06月06日
難聴になって3年になる。慣れたといえば慣れた。慣れていないといえば慣れていない。自分でありながら、もうひとりの自分と同一肉体を分け合っているって感じだ。

聴こえなきゃ聴こえなくってもいい。聴きたいという気持もそれほどない。わずかに聴こえる分だけでもいい。若い頃の知識はほとんど耳学問がったけれど、もう耳学問は終った。

と言って目学問も目が悪くなったので、目からの知識も乏しいものだ。もう知識を必要とする年令じゃない。感覚が冴えていれば充分だ。

昔、TBSで「ムー一族」や「水曜劇場」のドラマで何本もタイトルバックを作りました。久世光彦さんとで。その頃のタイトルバックをもう一度観たいと思います。TBS関係者の方で、このことを実現するためにどなたかお力添えいただける方はいらっしゃいませんか。ご連絡下さい。

1974年バークレーの大学に1ヶ月招かれて家族4人で向こうで住んでいた頃、通訳をしていただいた浜田さん(?)という女性、もしこのツイートを見ておられたら連絡下さい。サンフランシスコの書店員をしていたクリスとコンタクトが取れないかな? と。

2018年06月05日
成城区役所の前のインドカレー店はよく行きます。日本でインドカレー店を開店している大方のインド人はポカラ出身です。ポカラはヒマラヤの麓で風光明日な静かな村です。なぜか、ポカラ出身者が多いんですよね。最初誰かが成功したので、あとを追ってやってきたんですよね。

ぼくの郷里の西脇もポカラ出身者。軽井沢もそーだった。河口湖のアラジンもそーじゃなかったかな? でも、どの店も同じ味なんですよね。

そーなんです。「腰巻お仙」のポスターは左右の寸法が違うのです。だから角が直角じゃないんですよね。無頓着な性格がモロでたんですよね。微妙なことに気づきましたね。風月堂に入りびたっていたように思われていますが、行ったのはたった1回です。

新宿はあんまり知りません。映画「新宿泥棒日記」の新宿が全てってとこかな。だからぼくの新宿は虚構なんですよね。

おでんの姉妹猫のツートンとパソコです。




NHK大河ドラマ「いだてん」のロゴを制作。その反響にNHKもビックリらしい。まだ微調整します。その内、正式発表があります。

金曜日、朝日新聞の夕刊に玉置浩二さんの1ページ広告が掲載されます。当日ツイッター、フェイスブック、ブログ等でも掲載。

グラフィックに転向したわけではないんです。画家に転向した当時(1980)はグラフィックの要素は廃除しましたが、最近は逆に絵画の中にグラフィック・エレメント(要素)を引用して過去、現在、未来の同化作業です。同化と老化は80代の進化でもあります。

タマの命日をすっかり忘れていた。死んだタマが向こうで神様に家を作ってもらったと言ってわが家そっくりのやゝこぶりの家に住んでいる。その家を訪ねて久し振りにタマに会う夢を5月31日に見たが、実はその夜、タマが死んだ日だった。数日後にわかって、ゾゾゾーッと鳥肌が立ちました。

「YOUは何しに日本へ?」を観ていたらイギリスの若者が以前食べたセブンイレブンのカレーパンが忘れられないと、再び日本にやってきた。実はカレーパンを食べた記憶がないので、一度食べてみようかな? と思って買ってきてもらった。賞味の感想はのちほど。

カレーは好物だけに味はうるさい。なかなか、これという味に出合わない。それでも何度かうまいカレーを食べたことはある。野菜カレーで、野菜がそのままグーの上にのっかったのがあるけれどあれはファッショナブルかも知れないけどいただけない。成城の界隈でうまいカレー屋さんないですかね。神戸屋には時々行きます。

インドカレーは嫌いじゃない。けれど、やっぱり現地であのムッとする大気の中で、汗タラタラかきながら、辺りに飛ぶハエを追っぱらいながら食べるカレーは旅情があっていいですよね。

うん、そんなに悪くない。カレーのカテゴリィというより、パンのカテゴリィだよね。以上カレーパンの感想。でもカレーはメリケン粉よりは米の方が合うと思うな。カレーのかき氷なんて食べたくないよね。

2018年06月04日
NHK大河ドラマのロゴをデザインしました。来年1月から1年間放映。写真:主演の中村勘九郎さんと。



2夜連続でわが家のおでんはネズミを獲ってきてぼくの寝ているフトンの上でネズミをトスして遊びます。気持悪くって、たまったもんじゃないです。時にはネズミがフトンの中に逃げ込んできます。ぼくはネズミ年だけど猫が好き。ネズミでもミッキーマウスは好き。

2018年06月01日
昨日はドイツ文化センターで映画「新宿泥棒日記」が上映されたあと成相肇さんとトーク。68年に撮影があったけれど、映画のエピソード以外はあまり記憶がない。ぼくの67〜70年体験はほとんどニューヨークだったので新宿のことはこの映画以外は印象が薄い。

60年代の新宿とぼくは結びつけられるが、あんまり知らないのが事実で、風月堂には1回位しか行ったことがない。ぼくの新宿体験は「新宿泥棒日記」が全てなんだ。

この日、上映された映画は見なかった。完成した時、試写会で見たのと、大島渚監督とイタリアのジェノヴァで、この映画が上映された時、見たくらいで、あれから50年近く経っている。

映画は30才のぼくだったけれど、昨日のぼくは50年後の81才。



↑↑ GO TO THE TOP ↑↑