YOKOO'S VISION - 横尾忠則の日記 -

2026年03月

このところポスターやグラフィックの依頼が多い。グラフィックデザイナーの全盛時代に匹敵するほど多いのには何か理由があるのかな?

でも絵画とデザインの両方を経験している内にその両者を分ける必然性などあるのかな?ロートレックの時代は絵画とポスターの区別はなく、評論家もその両者を分けて考えてなかった。

でも絵画とデザインの両方を経験している内にその両者を分ける必然性などあるのかな?ロートレックの時代は絵画とポスターの区別はなく、評論家もその両者を分けて考えてなかった。

浅田彰さんからの「運命まかせ」の感想で面白かったのは「世の中では能動的に生きることを良しとして、三島由紀夫は能動的に死ぬところまで行こうとしたけれど、横尾は受動的に生かされているという」対象的な2人。

そう、それを肯定した方が、生き易いと思う。能動的に生きるためには社会や他人、時には自分と闘う苦しさがあるが、受動的になれば、自然に「なるようになる」。それで充分ではないの。