12月31日
テレビで時代劇を見ていると、時々町中を流れている川が写るがこの川の水は流れていない、ドロンと淀んだままだ。それを如何にも流れているように見せるために、スタッフが川の水を揺らしているのがわかる。こんなチンプな演出がある以上、他のシーンをいくらリアリズムに撮ってもやっぱり安物のドラマに見えてしまう。
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テレビでタレントがずらっと並んで座っている。誰かが面白いことを言ったり、したりすると、やたらチンパンジーみたいに大きく手を叩く。一体あの手を叩くのは何のマネだといいたくなる。馬鹿の上にもうひとつバカがついたみたいだ。

12月29日
さあ今年も間もなく閉じる。アトリエだけは開いている。年末年始は超孤独状態だ。この状態が一番好きだ。孤独に耐えられない者は創造に向いていない人だろうね。話相手は自分だからだ。

12月28日
いつの間にかぼくが甘い物が好物であるといううわさが仕事関係者に知れわたって、色んな人が甘い物を手土産に持ってきてくれる。でもこれらのものが山のように集まってきてその処理(全部胃の中に納めるわけにはいかない)に困ってしまうと、体に決していいことではないので、今後は甘い物はカタクお断りすることにしたい。それに変なもの(何だろう?)なら結構ですが、、、、、、、。
年令と共に油物、甘い物は次第に胃が受けつけなくなってしまったのが最大の理由である。
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冬になると猫との生活が一体になる。猫もぼくも寒がりということで意見の一致をみる。猫も人につきまとい、ぼくも猫につきまとう。だけど暖かくなり、暑くなるとこの関係はなくなる。まあ結局のところこの両者は利害関係で結ばれているのである。

12月27日
30数年振りで会った知人(群馬県在住)が、その二三日後に成城の町で再び出会う(車と自転車で)という奇遇にびっくり。物語の水脈はこんな風に続いていたのか、ということに。正月明けに会う約束をして(群馬で)帰ったばかりだっただけに驚いた。これはきっと予告編だと思った。
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今年も終わろうとしている。今年描いた作品温泉をテーマにしたものが中心だった。生活(旅)と作品が結びついた結果だった。今年は隠居一年生という感じで、まあ頼まれた仕事はあんまりやらなかった。またやる気がなかった。来年は展覧会がギシギシに集中している。でもそのために描かなきゃという義務感はないのでその点プレッシャーはあまりない。自然に出来た作品を並べればいいだけだ。出来ればそれまでだ。

12月25日
アトリエから家まで大したきょりではないけれど走ってみようと思った。10年以上も走ったことがない。10メートルほど走るともう風景が前後してガタガタに見える。足はドッタンバッタンと音を立てる。そのうち風景がにじみだした。もう走る年令でないことを知った。年はアッという間に近づいてきて、サーッと過ぎていく。走っていて、それを追っかけているような気になった。
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冬至が過ぎた途端、急に日が長くなった。これからは一日一日が長くなっていく。といっても一日24時間は変わらない。時間は全ての人に平等ではない。また今日と明日は異なる。同じ年令を生きても短かった人、長かった人がいるように時間は創造するものだと思う。

12月22日
わが家に野良猫が住んでいると報告したことがあるけれど、あれから1ヶ月近く経った。それがまだいるのだ。どこにいるか分からないけれどいる。そしてわれわれの生活をどこかでジーッと見ているらしい、江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」か「椅子の人間」みたいな奴だ。相手が猫だと思っていたが、最近は猫人間のように思えてきた。どこを捜してもいないけれど、いることには間違いない。わが家のミステリィである。

12月21日
この前ブログで個展(スカイ・ザ・バスハウス)の作品をまだ一点も描いていないと書いたが、まだ今日現在描いていない。制作時間があると従来の作品に似たものを描きそうで自分に対する戦略としてギリギリまで引っぱって、一気加勢にやってしまおうと思っている。そーすると今までと異なるスタイルの作品ができるかも知れないと考えているからだが、そんなうまい具合にいけるものか、どうか、やってみないとわからない。実にスリリングだ。どういうわけかいつもヤバイ方を選んでしまうのだ。

12月20日

 もう2年間も温泉巡りをしている。そして温泉旅行から帰って来て、東京駅から高速で家に帰るのだが、ぼくの目に写る東京は非日常的だ。最初は温泉地が非日常的だったが、最近は逆転してしまった。ぼくが変なのか東京が変なのか、どっちかが変なのだ。こんな逆転現象がぼくの身のまわりに増えてきた。そのうち生きていることが非日常的になるかも知れない。


12月18日
一泊二日で水上温泉に行ってきた。すでに雪が積もっていた。温泉街は淋しいものだ。それでも土日は観光客が多いという。過去に3回位来ているが、その記憶はほとんどない。省川岳から流れている川は利根川だと知って驚く。土日は高崎から水上までSLが走っているので鉄道マニヤのカメラマンでにぎあうそうだ。25〜6年前に水上の近くの釈迦の霊泉に何度か仕事を抱えて行ったことがある。ここの霊泉はルルドの水以上だと知って、大勢の湯治者が来る。久し振りでここの息子さんに会う。20年くらい会っていなかったようだけど、以前とちっとも変わっていなかった。霊泉のせいかも知れない。そんな霊泉を送って下さるそうだ。現在は富山の薬師観音の水を毎月現地から送ってもらっているが、それに釈迦の霊泉も加えることにしよう。
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演劇評論家の河竹登志夫さんはカエルのコレクターだ。時々旅先でカエルを見つけて送っているが、今回水上温泉でボールペンになったカエルを買ったので送ることにした。そういえば河竹さんが成城におられた頃、家の庭に沢山カエルがいたことを思い出した。

12月17日
「軍歌大全集」(150曲)を買って軍歌を聴きながら絵を描いている。お客が来るとギョッとするらしい。右翼の宣伝カーかパチンコ屋みたいでアトリエの雰囲気がガラッと変わる。元気の出るアトリエになった。子供の頃よく歌った歌も沢山あるのでついつい口ずさんでいる。そういうと今年の夏は随分戦争物の本を読んでいたっけ。それと関係あるのかなあ。これもふと気がついたことが来春の「戦争と芸術展」にキュレイターが選んだ作品にも知らず知らず戦争のイメージを描き込んでいた。子供の時代をテーマにするとどうしても避けられないのが戦争なのである。

12月13日
このところ絵の制作が忙しく、VISIONへのブログがなかなか書けません。というより何を書いていいやらが浮かばないのです。今日はある美術館の2009年の個展の第一回のミーティングを行いました。豚カツで胸焼けしています。わが家に住み着いている野良猫もう2週間以上で、どこにいるかわからないけれどいることは確実です。次はもう少し気のきいたブログを書きます。公約は守らない場合もあります。では。
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TOMOKO KEVORKIANさん
ニューヨークのグループ展、その他の個展の日時と場所がわかれば展覧会情報の欄でお知らせします。また「週刊NY生活」というNYで発刊されている新聞に不定期連載でエッセイを書いています。(NY生活プレス社:http://home.nyseikatsu.com/

12月12日
道路いっぱいに落ち葉が積もっている。そこに車が突っ込んで来た。すると車のあとを無数の小さい落ち葉が沢山かたまってコロコロ舞いながら追っかけるようについてきた。それが見ている内に蝶の乱舞に変わっていったように思えた。
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新幹線の窓に横殴りの雨がぶつかって、列車の進行方向とは逆の方に雨粒の尾を引いた。それを見ていると競艇のボートが競争しているように見えた。
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二つともまるで谷内六郎さんの絵のように思えた。谷内六郎的観察で自然を眺めると想像力が開発されるかも知れませんよ。

12月11日
夏から秋の終わりまで四本の短編小説を書いた。七十の手習いである。だけど今こうして書き終わってみると、妙に寂しいものだ。目下店頭に並んでいる「文学界」(新年号)の作品は二本目だがあと二月号、三月号と掲載される予定だ。四本書いたら一休みでもするのかと思っていたら、次の五本目をなんとなく考えようとしている自分がいるのにあきれた。だけど今は複数の展覧会を控えて、のんきに小説など書いている時ではない。小説はあくまでも絵に還元するものとして書き始めたものが絵と同じラインに並び始めようとしている。これは想定外である。でも絵の時間を奪われたわけではない。本を読んだり、人としゃべる時間を小説に当てただけだ。人と会っておしゃべりする時間をもう一人の自分との対話に当てればまた何本か書けるかも知れない。この時間はぼくにとっては何者かが与えてくれたお布施だと思えばいいんだ。
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テレビで認知症の症状をいくつか上げていたが大半が該当していた。すると自分は認知症?ということになる。認知症が老化現象でないとすればこれはヤバい。どの程度なのか一度病院で調べてもらうのも自己確認になりそうだ。一寸面白そうではないか。

12月10日
ジョン・レノンスーパーライブへ行く。アジア、アフリカの子供達に学校を贈っているオノ・ヨーコさんが主催するコンサートだ。その前に日本の子供が描いた絵も送られることになっていて、その審査をした。楽しい夢のある絵が多かったが高学年より低学年の絵の方が面白かった。それにしてもアニメやマンガの影響が強く日本の子供の絵もぼく達の子供の時代とすっかり変わってしまった。夢の絵が多いのはいいが、何だか感性が一律になてしまっているのが、気になった。このまま大人になっていいのかなあという疑問が湧いた。

12月8日
7日発売の「文学界」(新年号)に二作目の小説を発表。一作目「ぶるうらんど」の続編だけれど、一作で独立もしているが、三作目(一月発売の「文学界」)で、一、二作「が続いていることが解り、四作目で完結となる。すでに四作目も書き終わっているが、絵を描きながら五作目もあれこれ考えている最中です。また小説を絵にしてみたいとも思っている。さらにその絵からまた別の小説が生まれるかも知れない。

12月7日
天海祐希さんに招待されて宮本亜門演出のミュージカル「テイクフライト」を観た。スタッフはブロードウェイで活躍している人らしい。特に美術がよかった。この美術がなかったら、どうだったのだろうと思った。天海さんのパイロット姿が見たかったがほんの一瞬で、天海さんに聞いてみると彼女の役の実在の女性パイロットがあまりそのスタイルが好きでなかったという実話に忠実に従った演出らしいが、何も実話通りにすることはない。元タカラヅカの男役天海祐希の魅力を全面に出す演出をするべきだとぼくは思った。ラストもあいまい。天海さんはよかったけれど亜門ちゃんの演出、もうちょっと頑張ってくれなきゃ。

12月5日
インフルエンザが猛威をふるい始めたそうだ。人混みに入るとあちらこちらで咳をする声を聴く。この間などは飲食店で連続的に大きい咳をし続けている人がいたが、本人は口に手を当てることも、マスクをすることもしない全く人の迷惑を考えない公共道徳の欠けた礼節のない人がいるので、こちらが予防するしかない。2週間程前に予防接種をしてきたが、それでも用心していつもマスクを携帯している。あなたは如何ですか?
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来年は1月から個展が目白押しだが2月からの個展作品まだ一点も描いていない。これは僕に対する作戦である。時間があるといつものスタイルの絵になるので、ウンと時間を短縮して、そこで起こる衝動に従おうとしている。これって危険ですよね。個展を実験の場にしちゃうわけだから。
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智子ケウ"ォーキアンさん
ニューヨークからメールありがとうございました。「ぼくは閃きを見方に生きてきた」を読んでいただいてありがとうございます。本の内容は自分では憶えていません。大分前のエッセイ集です。長い間ニューヨークには行っていませんが、来年はグループ展と個展がありそうなのと、もう一つ依頼を受けている仕事があるので行くことになるかも知れません。ニューヨークはデザイナーから画家に転向する切っ掛けになった街です。ニューヨークからのメールはニューヨークの空気を運んでくれます。ありがとうございました。

12月4日
昨日は「隠居宣言」 の語りの部分を8時間ぶっ続けに話したので咽がカサカサしてしまった。すでに本の半分は文章で書いている。あとの半分が語り下しで、エピソードが中心。今まであんまり触れたことにないテーマの本になりそう。3月10日頃発売予定。平凡社新書。
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今まで色々宣言をしてきた。その最初は「死亡宣言」(66年)、その後は「休業宣言」(70年)、「画家宣言」(80年)、「隠居宣言」となる。この「隠居宣言」が最後の宣言になりそう。一番最後になる「死亡宣言」を、最初にしてしまったのはまずかったかな。

12月3日
わが家に野良猫が住みついてそろそろ一週間位になるのではないだろうか。その日によって居所が変わってその正体がつかみ難い。家のタマのエサを食べて生き延びているようだ。それにしてもトイレはどうしているのだろうか。別に臭いもない。どんな顔をしているのかわからないが一度だけ家の中を走っているシルエットを見たことがある。この間までネズミに悩まされていて今度は猫に悩まされている。こんなにネズミや猫が集まってくるわが家は災害に護られているのかも知れない。
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ところで来年は子年。ぼくの干支。ネズミ年です。どうして十二支の一番がネズミかご存知でしょうか。ある時、神様が何年何月何日何時何分に神殿に集まるように動物達に告げられたが猫は眠っていてその声を聞かなかった。そのことを知ったネズミは、猫には伝えなかった。またネズミは小さいのでとても一番に神殿に行けないので、のろい牛なら朝早くから家を出るので、牛の背中に乗って神殿に着く頃、ネズミは牛の背からピョンと飛び下りて、牛より早く神殿に着けばいいという悪知恵を働かせた。そんなわけでネズミが一番、牛が二番、猫はとうとう十二支の中に入ることができなかった。だからそれ以来猫はネズミを追いかけるようになったのさ。

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