11月28日
早川順一郎さん
あなたがメールで送ってこられたポスターは確かにぼくの制作した「JAPAN CUP」のシルクスクリーンのポスターで部数が非常に少ない限定作品です。宣伝用ではなく販売用ですので一般にはあまり知られていないと思います。1998年制作です。
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豊岡恵子さん
日経新聞の「奇縁まんだら」の原画は毎回24cmX33cmのキャンバス(F4号)にアクリル絵具で描いたものです。来春瀬戸内さんのエッセイと共に絵(四六判一頁)も入った単行本として発刊されます。
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伊藤加奈恵さん
伊藤幾久造氏と御親戚だそうで、子供の頃少年雑誌でよく見ていました。伊藤幾久造氏は山口将吉郎、伊藤彦造、斎藤五百枝と共に武者小説や豪傑小説の挿絵画家です。卒業研究のテーマだそうですが、絵をじっくりよく眺めて書いて下さい。線、表情、動き、デッサンなど他の三人とどう違うかと研究して下さい。
11月27日
今日タクシーに乗った。その運転手タクシーに乗った。その運転手は元カメラマンだったそうだ。クライアントが倒産して仕事がなくなってタクシーの運転手になったという。その人が35年ほど前にぼくを撮ったという。黒川紀章さんとの対談写真だという。建築関係の雑誌のPR誌だったそうだ。二人共30代だったが、この対談のゲラに黒川さんはやたらと文章を書き変えて、話しのつじつまが合わなくなってしまっていた。所々ぼくの言葉を変えていた。笑っちゃったけれど、話しを合わすためにぼくも文章を変えざるを得なかったのを覚えている。
11月26日
久し振りで2年前のスタイルでY字路の絵を描いている。Y字路もその後スタイルがどんどん変わってどこへ行くのやらと思っている時、もう一度初心に戻って以前のスタイルで描くのも自分の中で忘れていた技術を思い出して新鮮な気持ちになれる。Y字路だけではない1966年にスタートしたピンクの女性のスタイルにも41年振りでもう一度描いてみる。肉体的な若さは取り戻せないけれど意識はそこに戻れる。若さの秘訣ってもしかしたらこんなところにあるんじゃないかな。
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夏前から書き出した短編小説がやっと四部作で完結した。絵の生活や旅の間で書いてきたのだけれど、このことで仕事や体に負担は一切なかった。もし書かなかったらそれはそれで何もない日が過ぎていっただけだった。まあ付録みたいな作業だったけれど、何かが残っただけよかったと今は思っている。
11月25日
徳島の寂聴塾の講演に行った。瀬戸内さんが遠藤周作のエッセイを読んでいて「プッ」と笑った途端「ポキン」と音がした。肋骨が折れた。くしゃみ、しゃっくり、咳、笑い、の順で肋骨の折れる確率が高いそうだ。
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車内とホテルで小説四作が書けた。小説は書きながら物語がどんどん進行して行く。向こうでぼくを待っているようにアイディアを用意してくれている感じだ。また絵と違って書いている最中はいっさい雑念が入らないので座禅より修行になる。まあ素人だからこんな呑気なことがいえるのだろう。絵も道楽だけれど小説も道楽だ。
11月24
原田香里さん
ボストンの大学の先生は妙な課題を出しますね。外国の美術館での個展のためのポスターですか。ぼくも色んな外国の美術館で個展をやってきましたが、そうですね、もしぼくの個展のポスターを課題に選ばれるんだったら、一番最初にやったニューヨーク近代美術館でのポスターをぼくに代わってもう一度やってみて下さい。
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岡崎太郎さん
あなたが心配しているのは2112年のシフトのことですか。恐怖とはまだ何も起こっていない未来のことをあれこれ心配することでしょう。人間は過去にも未来にも存在していません、たった今しか存在していないのですから、今に全神経を使ったらどうでしょうか。あなたもぼくもなるようにしかならないのです。このようにして今日まで生きてきたんですからね。
11月21日
西山京太郎さん
間接的に影響を受けたものですか。闇にものを隔てるよりもぼくはダイレクトに電光のように受ける直接的な衝動でなきゃ嫌なんですよね。
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砂川桜さん
ぼくはあなたのように食べ物には必要以上に関心がないんですよね。長男の英ならこんな話に興味を持つかも知れませんが。
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豊岡恵子さん
神戸のビエンナーレについて以前ブログに書いたように思います。
11月20日
昨日と一昨日は熱海にいました。東京は真冬並みの寒さだったそうですが、熱海は随分暖かかったです。一昨日は花火大会、熱海の街とは反対の峠にあるホテルからの見物は、熱海の夜景をバックに花火は最高でした。その昔(2000年)ぼくがやはりここで花火を演出した時は一度に1000発打ち上げましたが、この迫力はきっとギネスブックものだと思います。今回のような装飾的な花火に比べればぼくの花火はまるで戦争的恐怖感がありました。
11月19日
演歌は不良にしてくれる。作品も不良になればいい。
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中田寛和さん
中田さんがぼくを知ったのはぼくの小説だって。あの「コブナ少年」はそうね、小説とエッセイの中間だからね。近い内に二作目の小説(一作目は「文学界」の9月号)を発表します。詳細はこのブログで。三宮のミント神戸の地下にうどん屋さんがあるんですか。ぼくが食べたのは前の神戸新聞会館で、神戸新聞社の社員食堂です。あなたが食べたうどんの方が高級ですよ。今度神戸に行ったらその店に寄ってみたいですね。そのうち「コブナ少年」を小説化してみたいと考えています。
11月18日
絵は中々上達しない。変化するだけだ。じゃあ、変化のない画家は上達しているというのだろうか。
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絵を描きながら演歌ばかり聴いている。ロック漬けだった頃は演歌を軽蔑していたのに今やその軽蔑の対象にどっぷり漬かりっぱなしだ。女が男の、男が女の心を歌うのがちょっと倒錯的でエロティック、しかも意味不明。飛躍したシュールレアりスティックなイメージのアホらしさの中の土着の吐き出し方がいい。
11月17日
2日ほど前に細木数子の幽霊の夢を見た。金縛りになって声も出なかった。無表情で田舎の家の中に立っていた。青白い顔が半透明だった。
11月16日
林英哲の25周年記念コンサートのパンフレットにコメントを頼まれたけれど何を書いていいやらこの2〜3日頭が痛かった。その昔、だから25年以上前だろう。ぼくが佐渡で行われるシンポジウムだったか何かに呼ばれた。だけれどその日は嵐のような天気だったので、ドタキャンをしてしまった。その時林英哲は郷里の広島だったか、わざわざ佐渡に行った。彼はデザイナー、イラストレーター志望で、現地でぼくに会うつもりだったそうだ。それがぼくが欠席したので、ガッカリした林英哲は佐渡に残り、そのまま「おんでこ座」に入って太鼓を叩くようになった。そして今や世界中で公演をしている。もしあの時ぼくが向こうで彼に会っていると、ぼくのアシスタントになってもらったかも知れない。彼が今日の彼になる為にはぼくのドタキャンが大いに役に立ったわけだ。彼の為にぼくの行為は正解だったのだ。彼の為にもぼくの為にもこれでよかった。もし彼がデザイナーになっていたとすると、ぼくは彼に脅かされていたかも知れない。
11月15日
今日はシャンプーをしてもらった。シャンプーで気分が爽快になるので、時々してもらう。シャンプーは同時にマッサージでもあるので、血行もよくなる。だからマッサージ式に時間をかけて頭をいじくり廻してもらう。脳味噌まで入れ代わったような気分だ。鞭打ち症で軽い頭痛がしていたが、それが治った。そうしてかはわからない。結果がよければいい。スポーツも同じだ。アートも結果だ。プロセスエオ重視するのは素人だ。
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わが家に他所の猫がいつの間にか住んでいた。そしてわが家の猫のエサを食べていた。押し入れの中に住んでいてわが家の猫が発見して、追い出してしまった。乱歩の「屋根裏の散歩者」を想像した。
11月14日
北島聖子さん
『悩みも迷いも、、、、、』を涙を流しながら読んでおられる?びっくりしました。お役にたったんですかね。まあ感情にも色々な窓口がありますからね。それから風邪の方は今日ちゃんとインフルエンザの注射をしてきました。
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横大路典子さん
元タカラヅカの真もえるさんがぼくを従兄だっておっしゃているのですか?ぼくには心当たりがありませんが・・・・・。何かも間違いじゃないでしょうか。こちらでも調べてみますが、、、、、。ただこの方は大阪出身というのがあわかりました。大阪には親戚がが沢山ありますから、もしかしたら、、、、、とも思いますが、、、、、。
11月13日
軽い鞭打ち症になった。大したことないと思っていたら日が経つに従って頭、首、背、腰と段々痛くなってきた。レントゲンの結果は別状ないが、昔、二、三度鞭打ち症になっているのでその古傷が目を覚ましたようだ。過去の記憶って以外とこのような衝動で甦ってくるみたいだ。だから過去は隠蔽されているだけで、決して消滅していないんだ。全治2週間でありました。
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体が痛いと思考が止まって、感覚だけになる。感覚というのは「今」を示すので、過去や未来には手が届かない。思考っていい加減なものだ。思考が自分だと思ったら大間違い。本当の自分は思考の中にいない。もっと別の場所だ。
11月9日
「ALWAYS 三丁目の夕日」という昭和30年代をテーマにした映画の影響で、昭和30年代が注目されているそうだ。この映画も続編も観ていないのでわからないが、ぼくの30年代は丁度20才から30才までの10年間になる。20才の終わり頃に神戸で結婚して、4年後に東京に出てきた。当時デザイナーだったぼくはまだ駆け出しで、この10年間は全くパットしない時期だった。団魂の世代の人達が丁度10代だったと思うが、ぼくの昭和30年代はただフラフラしているだけで、収入もなく、そのくせヨーロッパ映画ばかり観ていた。ポップアートやヌーベルバーグやアンチロマンや不確定性音楽などのアヴァンギャルドに憧れ、本職のデザインにはちっとも熱くなれなかった。ぼくにとっての昭和30年代に代わるものはやっぱり昭和20年代だった。人格が形成される10代である。この時代の文化やライフスタイルは今でも懐かしい。昭和30年の原型の全てが昭和20年代に準備されていたと思う。ぼくに言わせれば昭和30年代より、昭和20年代の方が、もっと激動的で生命力が満ち溢れていた。もう一度帰りたい時代である。
11月8日
このところブログに書くテーマがない。代わり映えのない毎日を反復しているからだろうか。一日中アトリエで絵を描いている。といってどんどん何点も描けるものではない。同じ絵をいじくり廻しているだけだ。昔のせっかちで早く描いて、それが見たかったけれど最近はゆっくりゆっくり変化を楽しんでいる。その内、最初の発想と違う方向にいってしまう。どうもそれを期待してゆっくり描いているらしい。変化のない生活だからせめて絵に変化を求めるのかも知れない。
11月7日
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