10月30日
尾山裕加里さん
兵庫県立美術館で迷い子状態になられたってこと、よくわかります。ぼくも何度行っても同じです。これが建築家安藤さんの狙いらしいですが、一般の人には評判が悪いそうです。美術館で眠くなるのはぼくも同様です。高い天井、白い壁がそうさせているのですかね。それともつまらない作品で眠くさせられるのかも知れません。不眠症の方のための美術館ってのも結構多いです。
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サカイさん
あなたもあのヘリの編隊をご覧になったんですね。あんな轟音をたてて飛んでいたのにやっぱり見物人がなかったですけ。この光景は日常だと思えないのに、これを日常と思っている人の実に多いことか。日常の異化現象がただの日常になっているんですかね。
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知らない店の軒下に太い切り株があってぼくはそこに線香を何本も立てて拝んでいる。なんでも静岡の偉いお坊さんがそうしろと言ったからだとぼくは店のおばさんに話している。この夢は昨日会った編集者の家によくないことが起こるのでお祓いをしてもらった方がいいですかね、と言ったその解答だったのか。
10月29日
公園のベンチが空いていないので芝生の上で本を読んでいると気がついたら大きい蟻が体をはっている。蟻がケガをしないように払う。ベンチでギターを掻きむしっている男の子の横で無表情で携帯を眺めている女の子。ベンチに座ったまま靴の中に鼻を突っ込んで臭っている靴フェチ男。ベンチにカセットを置いて音楽に合わせてもくもくと一人で踊っている女の子。
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郷里に自分と家族の墓石を建てようとしている。調べると良心の命日はうちの田舎では昔通りに数えで二才年令を水増しすることになっている。するとぼくが死んだ年より2才老けることになる。現代は満ちを基準にしているので、歴史上の昔の人の年令などは2才引かないと現代人とは合わない。未だに墓石に刻む年令が数え年というのはどうしてだろう。墓を土着とみているからだろうか。
10月28日
昨日の風のあと今朝は雲一点もない青空。正に日本晴。なぜこういう空を日本晴れというのか知らないが、昔から日本晴といっている。「でかした」とか「見事だ」という意味を持つ「天晴」(あっぱれ)と「日本晴」はどうも関係ありそうだ。青空を背景に将軍が日の丸のついた扇子を高くかざして「天晴」といえば、青い空に日の丸が輝いて見えると、いつの間にか白い雲があちこちに現れ、気がついたらマグリット晴れになっていた。
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そんなマグリット晴れの中を物凄く大きいヘリが低空で三機飛んできた。ビックリして見ていると、後に7機、編隊がやってきた。その後にまた7機、編隊が続いた。もう終わりかと思っているとまた7機、編隊がきた。もうこれがいよいよ最後だと思ったら今度は全然機種の違うヘリが5機やってきた。これをぼくは街の中で見ていたのだが、あんなに沢山いる人が誰も空を見ていないのが不思議だった。ぼくにとっては空の異変なのに、こういうことを異変と思わない人が多いことの方がよっぽど異変だ。
10月27日
またまた身近な人が亡くなった。内藤ルネさんです。去年修善寺温泉に行った時、内藤さんに会ったことはなかったけれど、お店(アトリエ)があったので訪ねたら留守(この日は東京に三島由紀夫原作「春の雲」の映画を観にいらしていたそうだ)だったのでメモをドアの間に差し入れて帰ってきた。10代の頃だったが内藤さんの目の大きい少女の絵をよく見ていたので、もしやと思って訪ねたのだった。数日後内藤さんから便りが何度か届き、彼が好きだったという「椿説弓張月」のポスターを送ってあげたりし、いつかお会いできると思っていたら、思いもよらず内藤さんの死に接して驚いている。74歳だった。
10月26日
何も書くことがない日は結構悩む。そんな時は別に書くことはない。とはいうものの、あれこれ考えてみる。何もかくことのないような代わり映えのしない日常がぼくの日常らしい。こういう時は能みたいに変な人間が現れて、ペラペラしゃべる亡霊でも出てくれればいいんだけれど、亡霊も出ない。
10月25日
黒川紀章さんが出演したテレビ「波瀾万丈伝」で、1970年末の「サンデー毎日」に「カッコイイ男」に黒川さんが選ばれていたというベスト10の記事がテレビの画面に映った時、ぼくの名前もチラっとあったようなきがしたので、そのコピーをテレビ局から送ってもらった。その結果は下記の通り。
1三島由紀夫
2山本 圭
3竹脇無我
4永 六輔
5野坂昭如
6遠藤周作
7石坂浩二
8横尾忠則
9宇野重吉
10高橋和己
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山本 学
黒川紀章
1970年。時代の反映ですかねえ。選んだのは日本女子大、青山学院大の女子学生です。今から見るとヘェーと思ったり、ナルホドと思ったりです。ぼくが8位にいることを笑わないでください。
10月24日
他所の知らない大きいビルの中でぼくは靴をなくしたのか靴下のままウロウロしている。知り合いは一人もいない。外に出てタクシーを拾いたいのだが、ビル群で道路が見つからない。靴下のままで街を歩くわけにはいかない。その内、この状況がどうも夢のように思えてきたが、夢じゃないかも知れない。もし夢だったらちゃんと目が覚めてから、靴を捜して、靴を履いてから外でタクシーを拾って帰った方がいいので、もうしばらく夢が終わるまで待とう、という夢を見た。
10月23日
チェコのプラハの新聞のインタビューを受けた。プラハにもアーティストがいるが、お互いにエゴが強くて足の引っ張り合いばかりしているという。芸術表現における自我はあってもいいが、キャンバスからはみ出した外界に対する自我の表現は勘違いであろう。自我はキャンバス内で留めるべきで、どうも自我と自己を混同しているようだ。日本だってそう変わらないのではないだろうか。
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ぼくはいつもある種の計画に基づいて制作していくが、その過程で自らが自らの計画を裏切っていく。こういう時は面白いものができる時だ。予定調和通りに進行していく場合は自然に用心深くなっていく。それと完成したと思う作品はどれも息苦しい。完成を放棄した作品のみが生命を持つ。(これはぼくの作品に限ってのこと
10月19日
今読んでいるのは能に関する本である。シテも面白いがワキの視点や態度がいい。何もしない態度。無為であることが実にいい。ぼくは旅人であるワキの役割を今までズーッと果たしてきたことに気がつき始めたら、何を描くべきか、如何に描くべきかが解ってきた。
10月18日
夜、9時頃になるとベッドに入るが、ベッドの中でグズグズしているとかえって眠り難いので、ベッドカバーの上で足を伸ばして本を読む。そして9時が過ぎると布団の中に入る。それで眠る体勢に入ると、以外とすぐ眠る。だけど11時半とか12時頃に目が覚める。明日になっていないことでがっかりすることもある。するとまたベッドから抜け出して、べっどかばーの上に体を横たえてまた読書を始める。すると目がさえてきて、夢中で読み始める。気がつくと3時頃になって、慌ててまた布団の中に入る。すぐ眠る時と、小一時間位眠るのに時間がかかることがある。二度寝の習慣がついているが、時には7時間ノンストップで眠ることがある。そんな時は5時前に目が覚める。こういう時は8時まで本を読む。一番好きな時間だ。
10月17日
眠る瞬間を見届けてやろうと思うのでなかなか眠れない。ぼくは時々こんな馬鹿なことをしてみる。「瞬間」というのはすでに向こうにいっているわけだから確認ができない。三島由紀夫の「英霊の声」で特攻隊がアメリカの空母に突撃する瞬間を描いているが、その瞬間は認識できなかったとあるが、ぼくの睡眠も特攻隊並みだ。
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結局睡眠は柏原益軒の「養生訓」を読んでいる間に眠ってしまった。生卵の中からヒナが出てきた夢を見た。
10月16日
朝、目が覚めたら、過呼吸が起こった。あわててビニール袋の中で呼吸をして、正常に戻す。脳の酸素が過剰になるとこの症状が起こる。またオフィスで来客と話している最中に、足の親指がトゲが刺さったように痛み始めた。夕方になると歩けなくなる。医師の診断の結果は不明。親しい薬局の薬剤師さんは、恐らく毛細血管が切れたのだろうと。二、三日で治るはずといわれる。季節の変化と関係あるらしい。この間から不眠ぽくなっているのでマッサージに行く。マッサージ中に眠る。今日の一日は体との対話で終わった。明日からの九州の旅行は取り止める。
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日替わり病気のぼくは、明日はどこが、何が、と期待と不安。またまた「病気の神様」の続編が書けそう
10月15日
美術史家の若桑みどりさんが黒川紀章さんの10日前に、また翌日には画家の前田常作さんが亡くなった。皆知人ばかりだ。この一年には随分多くの知人が鬼籍に入った。毎朝新聞を開く手が震える。
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子歳にネズミ退治をした。随分沢山いた。近所の家が壊される度にどこかの家に移るらしい。最近の猫はわが家の猫同様、ネズミの興味がないそうだ。それどころかわが家の猫はネズミに追われて玄関先でホームレス生活を続けている。家人が外出する度や、郵便屋さん、牛乳屋さん、新聞屋配達員、宅急便の人達が猫に話し掛けたり、触ったりするので、どうもそれがして欲しいために一日中玄関の箱や新聞紙の束の上にいるようである。
10月14日
このブログで山口小夜子さんが亡くなった時、「もう誰が死んでも不思議ではななくなった」と言ったばかり。今度は黒川紀章さんが亡くなった。彼とは大阪万博でぼくが「せんい館」のパビリオンをデザインをしている時、タカラ・パビリオンの方でも協力して欲しいと言われて、オブジェを制作したことがあった。その後対談などでしばしば会うことがあった。それ以後は会うことがあんまりなかったが、彼の著書はいつも送ってくれていた。そして昨年、彼が理事長をしている「日本文化デザイン会議」が徳島で開催された時、ぼくは大賞をいただき、この時30数年振りで黒川さんに会った。その時彼は握手の手を離さないで、「よく来てくれた」と言って涙を流して喜んでくれ、「この大賞はぼくが一番欲しい賞なんだ」と言った。「黒川さんは世界的な賞を沢山もらっているじゃない」と言うと、「芸術家同志が与える賞だから欲しいんだよ」と言ったのが印象的だった。だけど、その時久し振りで会ったかも知れないが、えらい痩せているのには驚き、何か悪い病気ではないかと思った。でも声はしっかりしていたので安心はした。さらに命を狙っているやつが外国にいるからと言って日本刀を片時も離さなかったのが理解できなかった。最後の都知事選と参議院選は彼にとっての新しいステージかなと思って、これをぼくが彼のアート行為とも受け取って両方共に黒川さんに一票を投じた。そして落ちた時は内心ホッとし、再び本業に戻ることを期待していただけに彼の急死は惜しまれる。それにしても男の70代は死と直結しているようで、ジワジワと包囲網が狭まっているのを実感しないではない。
10月13日
富永留美さん
猫以外に好きな動物ですか?犬も飼ったことがありますが、長男がヨークシャテリアを飼っています。事務所やわが家に連れて来たり、車に乗せたりしていますが、他の者には無関心で長男だけにしか懐いていません。ぼくは子供の頃から猫専門です。絵にはライオンや馬をよく描きますが絵の上では好きです。
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YOMIYOさん
神戸芸術工科大学での講義はあんな感じで失礼しました。「がんじがらめ」とはあなたのおっしゃている固定観念や評価や結果に縛られない−ということです。
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haru.ru.ru.ruさん
デザインにしろ絵にしろぼくの作品は殆ど未完成状態のまま手放しています。デザインの場合も直感と理性の取り引き(交渉)を自分の中でやっていました。それから絵画作品の個展は1.2.3.4.6月と集中して計6回行われます。まとめて見ていただくのは4月19日からの世田谷美術館。1、2階全館使用と6月27日からの兵庫県立美術館が最も多くなります。それ以前のは画廊です。また追って発表します。
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豊岡恵子さん
「未完への脱走」とは変なタイトルです。「未完からの脱走」ならわかるのに。完成を放棄して未完に逃げ込むわけですからね。まあ完成したくないということです。
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磯崎憲一郎さん
ブロゴで失礼します。日曜日などいかがですか。もしかしたら制作に入るかもしれませんが午前中だったら時間がとれるかも知れません。お電話します。
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神戸にて
神戸のメリケンパークにコンテナー100個が集められて、その中で現代美術を中心にした「神戸ビエンナーレ2007」が開催されている。殆どの作品がテクノロジーを使ったものとインスタレーション中心。こういう現代の流行的作品を見るとぼくは絵画を続けていてよかったと思った。ぼくはダダの時代にピカビア1人が絵画を止めなかった心境である。
10月11日
渋谷幸子さん
アシスタントもなく、一人でやっていた頃は全部自分で整理していましたが、アシスタントが必要になり、またアシスタントが代わっていく度に整理はあいまいになってしまい、年月と共にその数は膨大になり、今では完璧とはいえません。またぼくのところにやってきた物はそれなりに縁があるものばかりなのでそう簡単に捨てられません。いずれその物達と別れるわけですから、それまでは共存したいものです。
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呉村杏里さん
はい、ぼくは人間の形をした猫です。わが家のタマは猫の形をしたアーティストです。それから答える必要のない質問にはお答えできませんので悪しからず。
10月10日
豊岡恵子さん
日経新聞の「奇縁まんだら」の絵を見ていただき、またわざわざ日経を取ってくださってありがとうございます。編集部に伝えておきます。まだ来年も続きます。第一巻の単行本が4月に発売(日経新聞出版社)されます。瀬戸内さんの文は勿論ぼくの絵も全作(55冊)掲載されます。
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ここに書かれる人物は全員亡くなった人ばかりです。瀬戸内さんもぼくのことを書きたいんだけれど、まだ死にそうにないわね、と言っています。最近は神戸にはよく行きます。11日は神戸芸術工科大学に講演に行きます。(生徒が対象)ミント神戸の中には17日(水)から演劇ポスター7点が拡大されたバナーがお目見えします。ビルのゴンドラにもエコバックと同じ図柄のものが、これはすでに見れると思います。
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麻里さん
成城には画材や文房具の買い物にはよく出掛けます。成城は一人でぶらっと行ける食べ物屋が少ないですね。ハーブショップの「カリス」には時々行きます。不眠解消になりますね。散歩コースは内緒です。
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金沢悦子さん
ブログを書き忘れたり、書くことのない日もあります。悪しからず。緑のバッタは不通ですが、田舎には枯葉そっくりのもいました。擬態を演じているのじゃないかな。よく知りません。
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水野詠子さん
個展は終わりましたが韓国はまだ行ったことありません。 小説の方は現在三作書き上げたところです。一応四作のシリーズ物です。また「文学界」で見て下さい。
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磯崎健一郎さん
先日はあなたの小説が掲載された「文芸」いただきありがとうございました。読み始めたところで用ができ、まだ読了していませんが、文章が素晴らしく透明でぼくなど足下にも及びません。「文学賞」は当然の作品だと思いました。逆り教わりたいこと大です。今度お会いしたらお茶でも飲みましょう。
10月9日
遠藤周作さんの「五十五歳からの私的創作ノート」と題する日記を読んだ。創作ノートというより闘病日記だ。病と老いを自覚する毎日。ぼくの年令からすれば五十八歳はまだ若い。ぼくが老いを考えるようになったのは七十歳の古希を迎えてからだ。小林秀雄は五十九歳で老人を自覚している。毎日「いつ死ぬのか」ということばかり考えている遠藤さんが、この時から十五年後に亡くなった。十五年間も「いつ死ぬのか」と考え続ける恐怖に対する忍耐力は終わってみると幻影の日々だったのかということになる。
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昨日は本屋で内田百間の「サラサーテの盤」を買う。この中に納められている〈東京日記〉は何度読んでも文章の上手さに驚く。一日中、絵も描かないでアトリエのソファーで寝転がっている。この三日間何もしていなかったことに気づいて、前から読もうと思っていた上田秋成の「雨月物語」を読む。こういう古典を読み始めると現代小説は読めなくなっていく。前から気づいているが、どうもぼくは年々時代から遠のいていく。それがまたなんとも心地良いのである。
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寒くなってもわが家のタマは玄関の山積みの新聞(ちり紙交換用)の上で一日中眠っている。とうとうホームレスに成ってしまった。でもぼくが出掛ける時や帰って来る時は新聞の山から降りて来て、全身をなぜまわしてもらいたい(習慣)ので急いでやってくる。最近は彼女の体臭がたい焼きの匂いがする。たい焼きが食べたいものだが近くには店がない。
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猫は18〜20時間眠るというがタマは23時間は眠っている。スピリチュアル世界では猫は眠っている間に非物質の世界に行っているという。これは樹木も同じらしい。感覚、感情、直感の動物は皆そうらしい。そして非物質の世界でもう一つの人生を生きているという。だから動物はほとんど内面(霊的)世界で生きていることになる。
10月8日
四日前に、わが家の玄関前の金木犀から匂ってきたのでもう花が咲いたのかと樹の下に行ったが花は見えなかった。昨日やっと花がチラホラ咲き始めた。成城の路を歩いていると、どこからともなく金木犀の花の匂いがしてっくる。この匂いをかぐといつも秋だなあと思う。空を見ると鱗雲が尾を引いている。この鱗雲を見るとまた秋だなあと思うのである。サンマの匂いはまだどこからも匂ってこないけれど。
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白い大きいキャンバスを眺めていると、さあいよいよ遠出の長旅に出るんだなあという気分になる。小さな覚悟がいるものだ。何が待ち受けているかわからないからだ。創作ってそういうものだ。
10月7日
世田谷区制75周年ということで昨日は特別文化功労者とかに選ばれてその授賞式に出席しましたが、受賞者の7人はまあ老人ばかりで、式に参列できない人もいるくらいで出席者は5人。もちろんぼくも老人なんだけれども、こういう場所にいるとどうもぼくは老人ではないような気がしてきて、腰がフワフワして落ちつかなく、後まだ何かようだったけれど、式典が終わった時点で失礼して帰ってきました。最初に壇上でのルールを教わるのだが、前の人と同じことをすればいいと思ってちゃんと説明を聞いていなかったから、最初の人が間違って結局全員が我流でやることになりました。決められたことを行うことほど難しいことはありません。こういう光景を見ていると、みんな世の中のルールを守っているようで誰も守っていないことがわかりました。
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帰って来てから頭が痛くなってアトリエのソファーで寝ころんで本を読んでいたが、活字がころがってしまって頭に入らないので結局マッサージに行って体と心をほぐしてもらうことになった。
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このブログとは別に日記を書いている。事実だけを記述していて、心理描写はしない。でも人の日記を時々読むが結構あれこれ感想を書いている人(特に作家)がいる。こういうのを私小説日記とでも呼ぶのかしら。人の旅行日記はあまり面白くないけれど闘病日記は嫌いじゃない。
10月6日
アイディアの浮かぶ時は湯水のように次々と浮かぶ。そんな時は素早くスケッチをしとかないと忘れてしまう。そんなスケッチがスケッチブックやその辺に転がっている紙切れに描かれているが、これらをもとにペイティングに拡大することはあまりない。じゃあ無駄かということになるが、この無駄を繰り返しておかないと、いざ大作という時に大きいキャンバスに物怖じしてしまって腰が引いてしまうのだ。なんでもそうだけれど普段の無駄と思われることをしておかないといざ本番という時に困るのである。
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いただくメールで、自問自答しているようなものや、自分自身の話題が結構多く、それはそれで楽しく読ませていただいていますが、ブログには質問のみにお答えしていますので、どうぞ悪しからず。
10月5日
アベフミヨさん
読書ですか。朝早くベッドの中だったり、アトリエで制作の合間にしています。江戸川乱歩ですが、目ぼしい作品はほとんど読んじゃったので、今のところは一休みです。読書は相変わらず内外の古典ものですね。小説は戦前中心。昔読んだ作品の再読が多いですね。
10月4日
一昨日、京都で瀬戸内寂聴さんと日本経済新聞の編集者4人らと連載中の「奇縁まんだら」の単行本化(挿絵を担当している)の打ち合わせで肉とにんにくをたっぷり食べた為に胃焼けが激しくよく眠れずに参った。オードブルからメインディッシュまで全て肉とニンニク。デザートがなかったので、瀬戸内さんからもらったおはぎを全員で食べる。ぼくの好物だけど、好物ほど体にはよくない。好物を断つ勇気がないと病気になると思った。それにしても大量のお土産はおはぎ、大福、どら焼き、その他三種類の好物。これで病気にならない方がおかし
。
10月3日
京都への新幹線の車中にて。
宮永留美さん
ぼくの好きな色ですか?赤、白、黒、金です。でも絵には好き嫌い関係なく他の色も使用します。あえて嫌いな色も避けないで使う事もあります。
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栗原佑実子さん
生きる力の源は何か?まあ、おはぎとかぜんざいとか、猫とか新幹線とか挙げるときりがないですが、真面目より不真面目でいることですかね。そうでもあり、そうでもない精神とでも言っておきましょう。「その源がなくなるとどうするかって?」それは簡単。死ぬ時です。
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なかののりこさん
好きな数字は0です。
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水谷楓さん
今、21才ですか。ぼくが結婚した年令ですね。物心がつかないままの結婚でしたね。年令と共に考え方は変化します。それを眺めていればいいんです。座禅時の雑念を眺めるように。
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再びseichuuさん
そういえば黒澤明の映画では「どですかでん」とか「夢」などについては書いていますが初期の作品も好きですよ。「虎の尾を踏む男」や「姿三四郎」なども好きです。特に「羅生門」
が好きです。機会があれば書いてみたいです。もうひとつの質問ですが、肉体が腐敗して白骨化していく様相ですが、そこには死は存在しませんね。死は形而下的なものではなく形而上的なものだと思います。
10月1日
昨日は一日中雨。庭に水たまりが沢山できる。子供の頃はこんな水たまりにどこから来たのかアメンボーが泳いでいたりした。ちょっと大雨で小川が増水するとメダカやオタマジャクシも水たまりにいた。今ではこんな風景はシュールレアリズムだ。そう思うと子供の頃は住んでいる世界そのものがシュールレアリズムだったのかも知れない。
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とうとう家に住みつかなくなったわが家のタマは玄関の段ボールや発泡スチロールの箱の上で一日中いる。それもすぐあきるので新しい箱を用意するとそれが台座になる。次々箱が増えて、現在四個並んでいる。古い箱には絶対乗らない。そういえばこの間宅配の人が来て、玄関前にちょっと置いたすきにその箱に乗って降りようとしない。箱の上に猫を乗せたまま荷物を渡すべきかどうか配達員の人は困っていた。