今年の6月以前のYOKOO'S VISIONの文章は、『悩みも迷いも若者の特技だと思えば気にすることないですよ。皆そうしてそうして大人になっていくわけだから。ぼくなんかも悩みと迷いの天才だったですよ。悩みも迷いもないところには進歩もないと思って好きな仕事なら何でもいい。見つけてやって下さい。』の新刊書籍でお読み頂ければと思います。出版元は「勉誠出版」420ページ、\ 2,940 (税込) です

7月31日
耳鳴りと睡眠が関係あることがわかった。不眠が続くと耳鳴りが激しくなる。耳鳴りが激しくなると、やかましっくて不眠になる。いずれにしても不眠はぼくにとっては万病の元になりかねない。
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だけど不眠のお陰で本を読んだり、アイディアが生まれる。そのことが仕事につながって、仕事で疲れて眠ることになる。眠りのリーインカネーション。
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きれいな尾長鳥2匹がガラスにさかんに攻撃を加えている。このカラスは尾長鳥のヒナを狙っている。以前同じケースでわが家の庭木に作った巣の中のヒナがカラスに殺されたことがあった。尾長鳥とカラスの話は他所の家の庭木での出来ごとだけれども、大声でカラスの鳴き声をしながら手を打ったら、逃げて行った。そのあとを2匹の尾長鳥が追っていった。

7月30日
長野湯田中温泉は東京並みに暑かった。また山菜の食アレルギーで朝食抜き、軽くて済んだが、どうも山菜は体に合わない。それに不眠症を話題にしていたら本当にそうなって、旅館でもよく眠れず、帰京して早速マッサージと寝る前にリキュールといってもほとんど一滴 ぐらいしか入っていない松葉ジュースで朝まで熟睡。これで不眠症解消といきたいものだ。
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今日も暑い。蝉がうるさく鳴いていると思ったら耳鳴りだった。ぼくの頭 (耳?) の中の蝉は冬でもうるさく鳴いている。三島由紀夫さんは「盗賊」という小説の中で蝉の声を、「鐘の音の余韻のようだ」と書いておられたが、比喩の天才だ。
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夏の夕立は好きだ。特に辺り一帯が薄墨を流したように暗くなって、雷鳴を轟かせながらの豪雨は胸のすく思いだ。ただし夕立が去ったあと再び陽が照るという条件づきだ。豪雨といえば黒澤映画の「羅生門」、「七人の侍」、「八月の狂詩曲」などを想いだす。

7月26日
小布施の北斎美術館を訪ねる。過去2度来ている。今日はウィークデーで観光客は少ない。ただやたらと暑い。東京はもっと暑いんじゃないかな。でもこのくらい暑い方が夏らしくていい。桃とリンゴの樹がいたるところにある。小布施を早々に切り上げて湯田中温泉に行く。夕食前に大浴場に入る。まだ日が高いが明るい浴場は気分爽快。夜は温泉街を散策予定。

7月25日
昼には一匹もいなかった蟻が夕方(7時)になると再び何千匹(実際は一万匹はいそう)が大行列を作った。蟻のやることがわからないので「蟻の生活」という本を買って来た。謎を解くためだ。
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ほんじょうつよしさんへ
ぼくの近著、日本一長いタイトルの「悩み・・・・・(131字)」(勉誠出版)の中にあなたの求める答えがあるはずです。
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安井さんへ
自分で書いていて無責任なようですが、不眠解消法、などやってやらなくてもいいですよ。やりたきゃやる、できなきゃやらない位にあんまり真面目にならない方がいいですよ。もう少し無頓着に!これはぼくの経験から得た知識です。
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不眠対策を考えるより、その原因を探る方がいいかも知れない。だいたい心因性のものだから。(例外として運動不足もあるけれど)心の不安(仕事、人間関係、ライフスタイルなどのストレス、トラウマ等)をポジティブに変えることも解消につながるかも知れない。
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6時起床、散歩に出る。この間の雨で川は少し増水。鯉の背びれは水面の下。公園のベンチでドリンク剤を飲む。読書をする。太極拳のグループのパフォーマンス。目の前を通り過ぎるのは老人ばかり。アブの大群が地面でダンゴになってもつれ合っている。攻防?帰宅して朝風呂。朝食。
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アトリエの前の大蟻は夕暮れと共に帰巣。小蟻は夕暮れと共に行動開始。????????

7月24日
ニューヨークのマンハッタンの道路が全てアンディ・ウォーホルの過去の作品の一部によってペインティング(ラッピング)されたのをウォーホルが上空から眺めていて、ぼくもそこにいる夢を見た。
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昨日あんなに一万匹もいた蟻が今日は一匹もいなくなった。最後の一匹が消える瞬間(その場所)を見たかった。昨夜7時過ぎ、暗くなってもまだ行列を作っていたのに、一体何が昨夜のうちに起こったのだろう。
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今日は本格的な夏という感じ。これでないと夏とは言えない。子供の頃の夏だ。ぼくの物の考え方の基準の大半は子供時代や郷里にある。

7月23日
河合隼雄さんが亡くなられた。河合さんとは対談やトークショーをしたり、岩波の「現代日本文化論」の芸術編を共同編集したり、「夢枕」の序文を書いていただいたり、文化庁長官になられた時も、文化庁で対談をしたこともあった。いつもジョークばかり言って人を笑わせるのが好きだった。ぼくが「魂」という言葉を使うと、「心理学者は魂という言葉が使えなくなってねえ」と別の言葉で魂を語ろうとされていたように思う。
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ぼくの好物が甘い物ということを知っている人が多く、いつも甘い物が集まってくる。好物だけれど胸焼けがするので、この場を借りて甘い物禁止宣言を涙を飲んでします。でも今日はうさぎやのどら焼きをいただいた。大好物です。これを最後にします。
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この間からアトリエの玄関のドアの下のタイルの継ぎ目を小さい蟻が1000匹以上列を作って忙しく往来している。見た目に1000匹だけど穴の中にはこの10倍の10000匹はいるように思う。何の行列かと調べたが一向にわからない。今日も来客が多かったので随分沢山命を落とした蟻が沢山じゃないかな。
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今朝の夢はよく見る夢で、今まで相当数見ているが少しずつ変化している。芝居に出演するのだけれどセリフを覚えていなくていよいよ開演というところで目が覚めていた。それがだんだん発達して、セリフは覚えていないが、づせ素人だ、台本を持って舞台に立てばいいと決意するところで終わるが、今朝の夢ではぼくは喜多さん役、杉狂児という昔のコメディアンは弥次さん役、この人もセリフを覚えていない。二人で舞台で台本を広げて「今、どこ、どこ」とやっているところで夢から目が覚めた。これがどういうわけかいつも時代劇なのだ。

7月22日
元増位山大関のCD全集を買った。裕次郎ばりの甘い声だ。ぼくは歌手の歌より、映画俳優だったり増位山みたいな人の歌の方が好きだ。絵はどうだろう。アマチュアは面白いけれど、ただそれだけだ。でも歌謡曲に関しては違うんだな。
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でも初心を忘れないためにはアマチュア精神は大事だと思う。
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アマチュアに違いないが、アウトサイダーアーティスト(身障者画家)は面白い。狂気が潜んでいるからだ。
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長い間散歩のための散歩をサボっている。ナントカのためのナントカという手段になるとどうも面白くない。無理にやるとストレートになる。でも塩味のきいたストレスはあってもいいかも。

7月21日
不眠解消法をブログに書いた途端、不眠症になって、 不眠症を受け入れたら今度は過眠症になって、夢をよく見るので夜の現実も生きなきゃならないが、昼より遥かにシュールレアリズムで面白い。黒澤明さんが「夢の中では誰でも天才」と言った。ぼくは「狂人になれる」と言いたい。
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猫は寝場所を確保するとしばらく同じ所に定まるが、また飽きると次の寝場所を探して、また飽きて次へと移る。ぼくの制作方法とすごくよく似ている。ぼくは猫科のアーティストだ。
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毎朝カラスと猫の声が目覚ましだが、こちらの睡眠時間のタイミングを計ったように鳴く。

7月20日
この間はフランスの高校の教科書に作品が載ることになったけれど、今度はアメリカの大学の教科書に載ることになりました。両方共エロティックな作品です。アートによるエロティック教育。エロティックによるアート教育。
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今朝、すでに亡くなっている美術評論家の東野芳明さんと久し振りに会う夢を見た。なんとも懐かしくお互いに抱き合って喜んだ。生と死の世界が交流した瞬間でもあった。
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眠りが浅いと夢を見るというのはウソだ。ぼくの場合はよく眠った方がよく夢を見る。だけどあんまり見過ぎて、ストリーがまとまらない。また記述しにくい。夢は小説と絵の中間みたいだ。と言って映画でもない。時間が空間化している。つまり平面化しているところは絵画的だ。ストーリーを追うと破綻する。肉眼が見ているのではなくアストラル・アイが見ているので平気で次元を超えるからだろうか。

7月19日
デザインの仕事をやらなくなると驚くほど時間ができる。できるというか時間があってないような妙な感じだ。体内時間だけになってしまった感じである。それと社会がなくなったような気がする。社会的現実が消えて個人的な現実だけになる。
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この感覚って生の感覚より死の感覚に近いのかも知れない。
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外的現実の忙しさが内的現実になると、また全く経験したことのない忙しさが生じ始める。
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毎日が静かだ。やかましいのは耳鳴りだけだ。

7月18日
評論家は言語と論理で見事に芸術作品を分析、解明する。画家も分析、解明するが、その方法が違う。色と形と感情で行う。評論が芸術作品になった時のみ両者は手を携え合うことができる。
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ぼくの作品の気紛れさは多分に自身の気質が反映したものだと思う。気質自体が作品を生み、他の要素はアクセサリーみたいなもので大したことはない。
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言葉の記憶だけではない、最近は記憶の記憶さえ忘れてしまうことがある。猫の形態が記憶できなければ猫の絵が描けなくなる。自分が自分自身を記憶できなくなった人がテレビに出ていたが、もし彼がアーティストであった場合、自分の過去の様式までも忘れているのかしら、ぼくは自分の様式だけは忘れたいと思う。すると毎日新鮮な絵が描けるじゃないか。
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画家というのは自分の様式から如何に自由になるかの戦いの連続だ。そんな時、主題はどうでもいいと思う。
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だけど大部分の人は様式に関心を持つより主題に興味を持ち過ぎる。
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主題に興味を持ち過ぎる人は「絵」を見ていないことが多い。評論家の中にも主題しか論じない人が結構多い。画家は主題を借りて「絵」を描いているのである。だけど「絵」が絵になっていない作品も実に多い。自分自身、耳の痛い話だ。そんな場合、主題しか論じられないと言われれば最もな話だ。

7月17日
作品の表面は変化し続けるが、その奥の奥の底の部分は海底のように実に静かである。
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ぼくの耳鳴りは周囲の音を全部拾い上げてミキサーにかけたような音だ。と同時に周囲の音を全て拒絶する。
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雨が降る。もし雨に音がなければどんなんだろうと思う。ビジョンだけで音がなければ雨は雨にならないかも知れない。そして雨の音は常にぼくの心の中でしている。決して外でしているわけではない。
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ぼくは妻の言う「消毒液」のことを「ショートケーキ」と聴いた。ぼくが瀬戸内寂聴さんに「草津温泉」と言ったら彼女は「キタチョーセン」と聴いた。結局自分の興味の対象内でしか耳を貸さないようだ。
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不眠に対して居直ったら、不眠は見事に解消されたが、その代わり逆に眠くてならない。そういえば不眠はちっとも眠くないんだ。だから不眠になるのだ。
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絵以外の事柄に手を出すと絵がお留守になるという人が多いが、これが逆で全て絵に集権されるのである。

7月16日
7月15日P.M.7時半だった。陽はどっぷり落ちている。台風一過。気持ちのいい優しい風が肌に触る。陽が落ちて樹々と家々の窓の明かり以外はシルエットにもかかわらずこの空の青さは一体どうしたのか。神秘な青さと地上のシルエット。まるで仮想の夜と昼の同居。これこそルネ・マグリットの昼と夜が同居した「光の帝国」ではないか。彼は現実のある特定の時間を描いたわけではない。しかし今ぼくが目にしているこの光景は現実の一瞬の光景が非現実の世界だ。だがこれこそ現実の非現実化だ。そしてついに現実がマグリットの非現実世界を完全に無化してしまったのである。
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イチローがオールスター戦で3本のヒットの内1本はランニングホームランだった。日本のインタビュアーが「出ましたね」と言うと「出したんです、出ましたとは全然違う」と言った。また「作品」とも言った。「出ましたね」とは偶然。「出した」は必然で、作品は偶然ではなく必然でなければならない。
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イチローはアーティストだ。
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こブログをまとめた「悩み・・・・・ナントカカントカ」という本を出したじゃありませんか。それがわが街の大型書店には「手紙の書き方コーナー」 に置かれているんです。エッセイやアートのコーナーに置くべき本でしょう。書店に置かれる本は買取じゃなく委託だから売れても売れなくてもいいので大して販売努力もしないんですよね。

7月15日
アトリエの中が物で物で足の踏み場もなくなっている。絵を書くスペースは結局キャンバス一枚立てかけるスペースしかない。物が多いが処分するものはない。そしたらピカソのアトリエも物であふれているという。折角集まってきた物をなぜ捨てる必要があるのだと言っている。このことは集まってきたインスピレーションをなぜ捨てる必要があるかということと同じことだと思う。
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アトリエの玄関の蟻が来客がある度にその数が減って行く。靴の下で圧死したのだろう。こういう蟻の蟻犠牲者は毎日相当数出ているはずだ。
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この間不眠症解消法を書いて以来、昨日なんか一睡もできなかった。理由は午後お茶ばかり何杯飲んだか知れなかったからだ。だから最初から徹夜を決め込んで、本を読んだり、原稿を書いたりして時間をたっぷり利用できた。不眠の効用だ。なんでも覚悟を決めるといい結果が出るはずだ。
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近くの川の水がからからなので、鯉が可哀想なので雨ごいをしていたら、全国的に大変な大雨になってしまった。

7月14日
繰上和美さんが手の写真を撮りに。彼とは同じ年。彼は人類でも非常に珍しい体の構造の持ち主です。つまり体の臓器が完全に左右逆になっていて、だから心臓が右にあるのです。だから左脳は右脳に、右脳は左ということになります。顔も左右が逆だからわれわれは彼の顔を鏡に映ったように見ていることになります。
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不眠解消法を書いた途端に自分が不眠になってしまった。不眠は心の病なんて書いたけれど、早速、体のマッサージに行こう。
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三島由紀夫と江戸川乱歩の会話の中で乱歩は解明できないものは認めない。体が傷付けられるのが怖いという。三島は目に見えない、幽霊の方が怖いと。そして心霊も空飛ぶ円盤もみんな信じると。ぼくはこの二人の小説が好きだ。
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不眠になるとベッドの中では眠れないけれど、ソファーで横になって本でも読み始めるとすぐ眠る。こういう解消法もある。
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昨日、日本橋高島屋での瀬戸内展に行き、ランチにうな重が出た。ところがぼくのうな重のうなぎが他の4人のそれに比べると歴然とうなぎのサイズが小さかった。誰も同情しないので食べている間中イラついた。瀬戸内さんもぼくのうなぎが小さいと思っていたらしいが黙っていたそうだ。
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昨夜、不眠気味なので1時間半のマッサージをしてもらう。途中から睡魔に襲われて眠くてたまらなくなる。いやほとんど眠っているようだ。不眠の方はためしてみては。だけどベッドの中に入って、さあ眠りましょうというと目がパッチリするものだ。でも昨夜は眠れた。一度眠れると次の夜から、眠ることを楽しみにすれば不眠は解消されます。
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誕生日が近づくのも嬉しくないし、ぼくの場合誕生日を境にだんだん日が短くなる。最近は7時過ぎると暗くなってきた。秋の気配はあんまり好きじゃない。ミンミン蝉も鳴き始めている。まだ7月ですよ。なのに梅雨みたいだし。かと思うと台風だ。体を気候に対応させるだけでも大変。昨日は知人が亡くなった。人生の秋も通り過ぎて、人生の冬が近づいてくる。
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同じスタイルの絵が何点か続くとすぐあきる。別の絵が描きたくなる。大半の画面は同じような絵ばかりを描いている。その方が「追求」しているように見えるものだ。でも絵って追求したり、探求したりするものですかね。ぼくは発見するものだと思う。
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ぼくは絵を生理だと考えている。生理は毎日変わるものだ。
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だから、一方で反復がしたくなるのだ。
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模写は他人の作品を反復することだ。
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アンディ・ウォーホルは反復と変化が一体になっている。そんな人は反復も変化もしない。一ヶ所にいるだけだ。

7月13日
昨日瀬戸内寂聴さんと対談をする。(PHPの「VOICE」)。仏の慈悲の心を持って生きなさいというメッセージ。対談中に「秘花」が11万部になったというメールが入り、「一体どうなっているのかね」と。すると11万人の人がぼくの装丁も見てくれたことになるのだ。帰りにオロナミンCとサクランボウの詰め合わせを瀬戸内さんに貰う。明日から、日本橋高島屋で瀬戸内展が開催。「秘花」の表紙原稿やゆかたのデザインなども展示されているとか。
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「懐古・昭和歌謡」全13巻。また買ってしまった。かつてのぼくの中のロック魂はどこへ行ってしまったのだろう。それがただ単にこういうものに化けただけのことだ。ぼくの音楽遍歴は、軍歌→歌謡映画主題歌→ポップス→演歌→現代音楽→ロック→民俗音楽(インドを中心とする)→ロック→クラシック→懐メロ→クラシック→演歌→昭和歌謡−となる。
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フランスの高校の教科書にぼくの銭湯シリーズの絵画作品が掲載されることになった。この絵って芸者の銭湯風景でしょう。着物の人もいるがもちろん裸の芸者もいる。やっぱりフランス人だね。日本の教科書に載っているぼくの作品は滝シリーズとかY字路シリーズとか、結構真面目路線だね。教育は真面目だけじゃよくないね。
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6年間にこのブログを集めた本「悩みも・・・・・ナントカカントカ(著者のぼくも憶えられないタイトル)」(勉誠出版)は売るのも買うのも両方困惑しているそうだ。大方の人が「長いタイトルの本」と言って買っているという。中には「横尾さんの脳ミソ」下さいと出版社に電話があったそうだ。確かに「悩」と「脳」は似ている。「ナヤミミソ」って一体どんな味のするミソなんだろう。

安井裕子さん
不眠症の方は若い人でも多いようですね。ぼくの30代の時ですか。そうこの頃はメディアにかき回されていた60〜70年代で、一日の睡眠時間は4〜5時間で、熟睡した記憶がほとんどなかったように思います。たまに一年に一度くらいゆっくり眠れたりすると、幸福感を覚えました。他の人は毎日こんな幸福感を味わっているんだろうなあとひがんだものです。ぼくの不眠対策は法はいくつかあります。
参考にして下さい。
1=足の指を1本ずつ回転しながら5、6〜10分位もみほぐす。その内手の指もだるくなって、横になりたくなる。(ベッドに入ってから)
2=ぬるい風呂に長く入る。(寝る直前は避ける)
3=夕方,やや長めに散歩する。(疲れさせ)
4=昼間、太陽によく当たる。(外出などして)
5=枕元に気持ちの落ち着く香を布にしみ込ませたものを置く。
6=冬などは足の先を暖める。
7=眠る体勢で子供の頃の楽しかった情景を回想する。
8=親しい死んだ人のことを想い出す。また海の底で横になっている自分を想像する。
9=頭に浮かぶひとつのことに拘らずに雑念の浮かぶままに放っておく。(座禅の方法)
10=白いスクリーンを頭に浮かべて、何も考えないでスクリーンだけを見る。
11=眠れなければベッドの中で体を起こして本を読む。(朝まで読む気で)
12=夕方以降、お茶(紅茶、コーヒー、烏龍茶、緑茶などは飲まない)
13=マッサージをしてもらう。
14=鍼をしてもらう。
15=朝まで起きる覚悟で好きなことをする。(冷蔵庫の中の物を全部食べるとか)
16=きれいな花を浮かべ,その中に入っていくイメージを作る。
17=軽い安定剤を飲む。(よほどの時以外は薦められない)
18=2日でも3日でも4日でも眠れるまで起きている。その内泥のように眠る。
19=昼間少しでも仮眠する。(電車の中でも)
20=今晩は「眠れると」信じ切る。
21=不眠にうんと拘る。するといつか拘りが取れる。
22=不眠は心の病だから、病をよく見つめて、解決する。納得するだけでもいい。
23=真面目にならない方がいい。自分に厳しくならない方がいい。
24=古典芸能(歌舞伎、能、文楽、狂言)を観ながら眠る。
25=このあと自分で色々考えてみて下さい。その内疲れて眠りますよ。眠れるようになったらまたメールください。
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7月12日
ここ数年前から新聞や辞書のページがくっついて中々一枚ずつ上手くめくれないことがある。(ほとんど毎日)父がよく指先につばをつけて指をはじくようにして新聞をめくっていたが、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。肌の脂っ気がなくなってきたのだろう。でもツバだけは絶対につけないようにしている。
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時々変な老人が乳母車4台に荷物を山積みにして、うんうん言いながら、しかも訳の分からない言葉を発しながら、漁師が舟をナ綱で引いているような格好で町中を歩いている。昨日一年振りでこの老人を見たが、荷物は多分全財産だと思う。「どこから来て、何のために、何処へ行くのだろう」とふとテレビの不思議番組のナレーションを思い出した。
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今、全く新しいタイプの絵を描こうとしている。これは勇気がいる。でも上手く成功すれば学習になれない。失敗した方が学ぶ事が多いに違いない。成功すれば今後慎重になれるけれど失敗すれば大胆になれる。
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今まではひとつの仕事が終わっても、先に何本も控えていて、ゾッとしたものだ。それが今や,ひとつ終わると、先に待っている仕事がないのでホッとする。「さあ何をしよう」かと考えるのが実に楽しい。
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随分長い間大きい絵を描いていない。描き方を忘れてしまったのかも知れない。完全に忘れているのなら、しめたもんだが、やっぱり少しは覚えているのだろうなあ。
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創造に関しては毎回記憶喪失になるべきだ。
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記憶が変化を拒む。

7月11日
ぼくはパソコンが使えない。このブログは手書きである。原稿用紙の升目に書くとシリアスにならざるおえないのでカジュアルでありたいために、原稿用紙の裏に書いたり、FAXの裏を利用したり、ゲラ刷りの裏などに書いたものをわがスタッフが打ち込んでくれる。だからよく人に言われる。パソコンの文章じゃないみたいと。何で書いても文章は文章だと思うんだけれどもね。
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猫に手をひっかかれて血が出た。痛かったが、大した治療もしないでそのままにしていたら、きれいに治った。自然治療力って人間に備わっているわけだから、他の病気だって自然に治るわけだ。激しい胸焼けが続いていたので、病院好きのぼくだけれど今度は薬なしで治してやろうと思い油ものと甘い物を極力避けた。すると薬を飲まなきゃ治らなかったのが、ピタリと治った。
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喘息の激しい発作が起こった時、ステロイドを使って発作を止めていたが、またすぐ起こる。ステロイドを使用しないと怖かったが、思い切ってステロイドの使用を止めた。そしたら治った。すると喘息の薬で喘息になっていた事になる。
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ブログで隠居宣言のついでにデザイン廃業宣言もやっちゃった。すると見事に依頼がなくなった。ブログの効果の大きさに今さら感心している。
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昨日は瀬戸内さんと対談をする。40年近い付き合いだというのに、彼女との対談の話はほとんどなかった。電話ではしょっちゅう話をしているけれど、活字になることはならなかったのだ。でも考えてみれば二人の出会いは40年前新聞のウィスキー会社の広告での対談だった。

7月9日
数日間不眠症状態が続いていたが、実に簡単に治ってしまった。「眠ることに依存している」ということを認めただけで治った。バカみたいな話だ。
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平野啓一郎さんが電話でぼくのブログを時々見てくれているらしく「蟻の話が面白い」と言ってくれた。アトリエの玄関界隈にいる蟻は1センチほどの種類でもっと小さい蟻は単独行動はしないで大行列を作ってせわしげに動いている。1センチ蟻は単独行動でただうろうろしているだけだ。この1センチ蟻が来客によって時々踏み殺されるのである。玄関前のタイルの上空1メートル当たりには1センチ蟻の霊魂が浮遊しているに違いない。
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4時半に目が覚めて小一時間位ベッドの中で三島さんの短編を読む。早朝6時前に久し振りで散歩したくなり、読みかけの本と途中でペットボトルのお茶を買って野川の遊歩道から高台の公園に行く。雨量が少ないので川の流れは止まって小さい池がいくつもできて、そこに鯉が溢れている。橋の上を人が通る度にエサを求めて競争でもするかのように急いで集まってくる。 ベンチに腰を下ろして本を読む。重いリュックを背に急ぎ足で通り過ぎる老人は一年前と同じ人だ。毎朝公園の中を廻っているのだろう。若い外人のような格好をした女の子二人は土俵入りそっくりのパフォーマンスをしながら、何度も四股を踏んでいる。自己流のケッタイな体操をしている人もいる。ペチャクチャしゃべりながら三人組の中年のおばさんがぼくの前を何度も往復する。その都度話題が変わっている。藤棚からつららのような豆が何本もぶら下がっている下にベンチが五脚ある。足元に1センチ蟻が何匹も単独行動しているが、ウォーカーに踏みつぶされても、次から次へと自殺願望が死地に赴く。雀が足元に沢山寄ってくる。飛び立つ瞬間というか同時にチチチチと鳴く。それも一匹の時は黙って飛び立つ。仲間と一緒にいる時のみ飛び立つ時に鳴くことがわかった。鳴き声は言葉なんだ。

7月8日
○内田百間という人は変な人だ。日記によると、来る仕事、来る仕事を片っ端から断る。わざわざ出版社名、雑誌名、編集者名までもを挙げて「ことわる」と必ず書く。全く仕事をしないかのように読者には見せるが、どうも影ではやっているようだ。その部分は黙視して語らずだ。引き受けた仕事は表に出さず、断った仕事だけをさも自慢げに記述する。断った仕事などわざわざ書かなきゃいいのに。三畳一間の掘建て小屋で生活をしているので金には常に困っているらしく、毎日の日記は金と酒のことばかりだ。武士は食えども高揚時子とでもいうスタイルを人に見せたい人らしい。小説は好きだけれど性格は好きになれない。
○昨夜鍼をしたのに途中で目が覚めて、そのまま朝まで寝たような。早朝風呂に入り多少すっきりする。今朝は特別耳鳴りが激しい。不眠のせいだろうか。寝ないような。いずれ治ることはわかっているが、どんなタイミングで治るか、今度はよく覚えておかなきゃ。
○昔トーストは大嫌いだったが、数ヶ月前から新しいトースターを買った。それが実に上手く焼けて美味しいのである。ついでにぼくの朝食は、トースト(バター)、自家製のヨーグルト(きな粉入り)、レンコンと生姜をすった液(喘息用)、果物(日替わりで、イチジク、イチゴにミルク入り、桃、ポンカン、ミカン、ライチ、バナナ、等)、ドクダミ茶(自家菜園)、野菜ジュース。
○誕生日を境に夏至が終わって日一日と日が短くなっていく。一年が年老いていく感じだ。一日が無駄に過ごせない。といって忙しく立ち振る舞いたくはない。無益な一日をゆっくり味わうのも悪くはない。
○今年は国内では展覧会はない。小さな版画展は地方なのであるかも知れないが、秋のスカイ・ザ・バスハウスが来年の2〜3月頃になったからだ。その頃同時に西村画廊でもやるかも知れない。全て予定です。ただ海外では8月に韓国と11月にミラノでの個展をも予定されている。詳細はまた追って。
○この間、久し振りで安藤忠雄さんから電話があった。用件はともかく、安藤さんとしゃべっていると確実に関西弁に戻ってしまう。関西弁の方が本音でしゃべれるので、相手が何を考えているのかがすぐ直感できる。だから物事がスムーズに進む。

7月7日
○ほとんど一日中アトリエにいるので都心に行くことはない。忙しそうな人を見るとそれだけで疲れる。外食に出たついでに駅構内で青汁を飲んだり、古本屋のご主人と話したり、その日の気分でアトリエへのコースを変えたり、その程度の実に無益三昧の生活を送っている。
○無益の中から色んなアイディアが浮かぶものだ。雑念でなければいいが。
○お寺に参禅して座禅をやっていた時は、この雑念でクタクタになったものだ。頭に去来するものを追っかけるからだ。一点に留まっちゃいけないという。つまりこれが執着というものだからだ。
○禅では事実を事実として見ることを強調する。これは非常に大事なことだ。一度参禅でもして見て下さい。その意味が分かります。
○1年間色んな禅寺を廻ったが、もうやる気がない。でも居眠りをするなら最高の場所だ。実にスリリングだからね。警策が肩に入らないように上手に眠るコツをつかめればね。

7月6日
○今度旨いものを食べに行きましょうよ、と店の名前まで出して、誘っておいて、それが実現したという試しはほとんどない。こういう社交辞令をいう人は絶対信じないようにしている。そういう人に対してはその場で約束の日時を決めてごらん。大抵は逃げ腰になるから。
○ぼくは四六時中、自問自答している。
○猫に引っかかれた右手が十分使えないので絵の方は休業中。お陰で、アトリエのソファーで本を読みながら仮眠の時間が出来た。
○時々眠り方を忘れる。するとしばらく眠れない日が続く。散歩したり、風呂に入ったり、マッサージをしたり、鍼をしたり、時には思い切って眠らないようにするとか、苦労するが、その内眠るものだ。うんと執着してみるのも解決法のひとつになると思う。

7月5日
○内田百間の空襲日記のあと焼跡日記を読んでいる。日記の内容は天候、食べ物、お金、酒が中心で、来客者(編集者)のほとんどは原稿依頼だが、片っ端から断る。出版社から前借りしながらでも、三日に一回の原稿依頼を断っている。ぼくもよく似たようなものだ。引き受け癖と断り癖が定期的にやったくる。今は断り癖の時だ。
○世阿弥に男時(おどき)と女時(めどき)があるが、ぼくは今社会的には女時である。でも個人的には男時である。
○最近の睡眠は眠りながら覚めている、また覚めながら眠っている。肉体からアストラル体が出たり入ったりしている。
○新しい様式が出来るとすぐ壊したくなる。だから様式が持続しない。従ってそこから様式の多用性が生まれる。このことは考えでも技術でもなんでもない。単に性格なんだ。自分らしくあるということはこの性格に従えばなんてことない。欠点までも長所になりえる。
○今朝(5日)の朝日新聞で「長いタイトルの本、増えてます」という7段抜きの記事に、このブログを集めた自著「悩みも迷いも………」も紹介されていた。ぼくの本がダントツ114文字、次が72文字。社会言語学者の東照二教授は「読者側の活字に対する想像力が弱くなり、沢山の説明が必要になっているのではないか(以下略)」と指摘されている。が、ぼくは単に文字の多いタイポグラフィなデザインの装幀をしてみたかっただけ。

7月4日
○玄関でわが家の猫に右手の手の平をひっかかれケガをする。彼女のクセを見抜けなかった。
○ブログを書いている夢を見る。書く内容が浮かばない夢。
○書店に自著が並んでいると、書店に入りづらい。偵察に来ているみたいじゃないですか。その点寺山修司は立派だった。平積みにされた自著の見えるところで陣取って客が手に取るよう念を送るんだからね。
○日経新聞で毎週土曜日肖像画を描いているが、これがなかなか難しい。似ていなければならない。だけど似たために絵の魅力が薄れることがある。あんまり似てないけれど絵としての魅力はある。似させるだけならそんなに難しくはない。だけど似ていて絵としても魅力のある作品はなかなか描けない。
○肖像画を描かれる人は絵の魅力なんかどうでもいいのだ。自分が魅力的に描かれているかどうかにしか関心がない。
雨がシトシト降っている。こんな日は絵を描きながら演歌を聴く。雨も演歌もキャンバスの中にしっとりと塗り込められていく。

7月3日
○昨日はテレビの人達が15〜6人来たためにアトリエの前を遊び場(仕事場?)にしている蟻が沢山踏み殺された。顔見知りの蟻も犠牲者になったに違いない。
○これからの創作(生き方)は自分に欠落している部分を探し出してそれを埋める作業だと感じた。
○一日中何もしない無益な時間を送ってしまうことがあるけれど、この無益を行わないと有益なものが見えて来ない。忙しい時は、それ自体が有益だと思っているようだが、実際は無益の時を送っていたのだ。
○天橋立の旅館で買った松葉ジュースをその後も取り寄せて寝る前に晩酌のつもりで飲んでいる。そしたらリキュールが入っていることを知った。アルコールを飲めないぼくは立派な晩酌だ。
○デザインなどの頼まれた仕事をしなくなってからは、次から次へとしたいことが増えてきた。閑中忙有の状態はぼくにとって最も健全だ。
○自然の中を散策していると一番感じるのが自分の体だ。頭が休んでいるからだろう。

7月2日
○雨は嫌だが、雨が好きとだという人もいる。雨は必要だけれども、どうしても好きになれない。俳人とか詩人には雨は題材になるだろうけれど、画家にはあまりいい題材ではない。日本画家は別だろうね。キャンバスはたるむし、絵具の乾きは遅いし、日中も暗いし、まあいいところといえば、雨の音と緑がきれいなことと、空気がマイナス・イオンになるんじゃないかな。
○最近描く絵は小さいサイズが多くなってきた。しかもその中にゴチャゴチャ描き込みたくなる。これは反対じゃないかと思うけれど仕方ない。
○絵は説明したくないけれど、説明しないと解ってもらえない。その点子供は雄弁だ。作者以上に見事に語る。それがどうして大人に出来ないのか。
○夏場はどこに行ってもクーラーが効いている。この時期になると指先が痛くなる。湿気とクーラーのせいだと思う。といってクーラーのないタクシーやお店ばかりだったらとても夏が過ごせない。家ではクーラーをしないで除湿だけ。アトリエは扇風機。暑くてもやっぱり外を歩きながら自問自答しているのがいい。
○ぼくの好物は肉と甘いもの。だけどこの二つで胸焼けする。自分の好きなものを断つと病気にならないことはわかっている。目下修行中。
○内田百間の「東京焼尽」を読んでいる。このところ東京空襲のど真ん中に埋没している。つくづく今の平和に感謝したくなるが、果たしてあの時代の生命力を保っているかというと全く自信がない。

7月1日
○街に出ると老人ばかりが目につく。ときより、こちらが老人を捜そうとしているのかも知れない。何しろぼくは新米の老人だから、老人とはどういう人かと興味があるのだ。エングがアフリカで見た「これぞ老人」という老人にはまだ会っていない。
○「演歌・こころうた」全10巻のCDを買った。絵を描くときの応援歌だ。しっとりとした気分にならないと絵とひとつになれないのだ。
○同じスタイルの絵ばかりを描いているとすぐ飽きる。先が見えるからだ。それよりも先が見えない霧の中を迷うようにトボトボ歩いていく方がいい。と、急に視界が開ける。初めて見る世界だ。その瞬間、前のスタイルは忘れる。
○終戦日の8月15日を経験したぼくは高見順の「敗戦日記」が時間を越えてぼくを10才に連れ戻す。この時代をもっと噛みしめたいと思って、今度は徳川夢声の「戦争日記」を買ってきた。
○健康法らしいものはなにもしていない。まあ歩くことかな。家からアトリエへの往復と昼食で駅前に行く程度だけれどまあ30分位。夏場は暑いので散歩は休み。月1回の温泉旅行と、やはり月1回のY字路捜しで4〜5時間歩く位か。それと月3〜4回のマッサージ。自家製野菜ジュース。駅で飲む青汁。健康サンダル。まあそんなとこかな。あとは睡眠7時間(コマ切れでもトータル7時間)は取るようにしている。座右の書は貝原益軒の「養生訓」。でも一番の健康法は絵を描くことだなあ。
○いつも携帯している薬は葛根湯とセルベール。風邪気味、胸焼け時にはぼくにはよく効く。貝原益軒さんは薬は毒だからあまり飲むなといっている。確かに薬で病気になったこともある。わが家の猫は断食で病気を克服する。

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