■今年の6月以前のYOKOO'S VISIONの文章は、『悩みも迷いも若者の特技だと思えば気にすることないですよ。皆そうしてそうして大人になっていくわけだから。ぼくなんかも悩みと迷いの天才だったですよ。悩みも迷いもないところには進歩もないと思って好きな仕事なら何でもいい。見つけてやって下さい。』の新刊書籍でお読み頂ければと思います。出版元は「勉誠出版」420ページ、\
2,940 (税込) です■
6月30日
○期待していた墨田区の戦前の民家のY字路はひとつもなかった。長屋のように建ち並んだ民家の道路に面した玄関先にヅラッと並べられた樹木鉢の風習は今もかろうじで残っているが、都遺産にでもしなきゃ、やがて消えていくかも知れない。その証拠に新築した家はこの風習を廃止している。
○墨田区の南半分は空襲で焼かれたために、道路が区画整理されY字路は全部廃止されていた。都市化が進めば使い勝手の悪いY字路は必要ないらしい。
○冷房は体によくないので除湿だけにしているが、これでも充分冷える。湿気が如何に蒸し暑くしているかがわかる。わが家は湿気が多いのでカビが発生しやすい。ぼくの喘息の原因もカビらしい。
○睡眠不足の原因は運動不足が大きいことがヨークわかった。墨田区を4〜5時間歩いたら9時頃から眠くなった。8時間以上眠ってしまった。
6月29日
○高見順の「敗戦日記」ばかりを読んでいたので、頭の中は完全に戦時中モードになっていた。テレビをつけると「現在」がそこにあるので、ちょっとびっくりした。昭和二十年の映像じゃないことに違和感を持ったほど、ぼくはあの時代に同化していたらしい。
○夜中に台所へ行ったらネズミが10匹近く走り回っていた。退治すると可哀想だし、といってこのまま飼うわけにもいかないし、困ったものだ。知らん顔しているわが家の猫の責任だ。見知らぬ野良猫が来ると物凄い勢いで追っ払うくせに、カラスやネズミには寛大だ。
○今日(6/28)は「東京人」の取材で墨田区にY字路の写真を撮りに行く。昔の面影がどのくらい残っているのか楽しみだ。結果はまた報告するけれど「東京人」を見て下さい。
○天橋立の旅館で買ってきた松葉ジュースを一日一回飲んでいる。胃に入るというより脳に入っていくという感じで、頭がすかっとする。
6月28日
○わが家のネズミは頭がいい。台所の米びつの米が出る個所のボタンを知っていて、そこを押して、食べる分だけ出す。それをネズミの食事時間になると来て、米を食べている。それに反してわが家の猫はキャットフードの缶詰の開け方を知らない。
○「羽田空港から徳島空港へ行く所なんだけれど、今10万部突破したという連絡があったのよ」と瀬戸内さんから電話。ぼくが装幀した「秘花」の部数のことである。瀬戸内さん最後の小説ということで大人気だ。純文学の売れ行き部数としては破格である。世阿弥の伝奇小説。ぜひ読んでみて下さい。
○天橋立へは瀬戸内さんと一緒だった。瀬戸内さんの文化勲章とわれわれ夫婦の金婚式のお祝い旅行だった。旅館で大きい鯛の活け造りに金粉をまぶした赤飯で祝ってもらった。鯛に睨まれた眼がちょっと怖かった。
○兵庫の加古川線を四作目のラッピングカーが現在走っています。「走るY字路」がテーマ。近郊の方はぜひ見て下さい。全六作で終了です。これは残念ながら現地でしか見れません。スピードと音が伴うとちょっとした迫力です。
○ぼくの日本一長いタイトルの本「悩み………」ナントカは既に書店に並んでいます。このネットのインフォメーションで表紙の写真を見て店頭で見つけて下さい。多分店員はこの長いタイトルを記憶できないと思います。
○瀬戸内さんと共著の「寂聴・般若心経」(朝日出版社)が間もなく発表されます。絵が沢山入っています。物凄く解り易い般若心経の本です。ぼくも座右に置いていつも開いて読んでいます。
○魔除猫のガチャガチャが評判になっていると聞きました。スペシャルバージョンが赤、白、黒、金猫の他に1匹入っています。ぼくもまだゲットしていません。ガチャガチャの置いてある場所は追ってお知らせします。
6月27日
○今日はわが誕生71周年。
○庭のくちなしの花をベッドルームに持ってきたら匂いが部屋いっぱいに充満した。ちょっと強いけれどリラックスできるのでよく眠れそう。外を歩くと次々と違った香がしてくると以前書いたけれど、ぼくは五感の中で、もしかしたら眼以上に嗅覚が一番敏感だと思う。
○高見順が経験した戦争(空襲)はぼくには乏しい。というより無いに等しい。あの時代の光景をぼくは既知感としてとらえようとしているようだ。あるいは未来の死をシュミレーションとしてか。そこで高見順は「未来を考えない。信じない」と言って「今日の生の充実のみを信じる」というレベルに達する。戦時下でなきゃ到達しない心境だが、誰でもそうなるわけではない。
○病院で医師や看護婦の間のトラブルで患者であるぼくは宙吊り状態になっている夢を見る。
○昔のカラスは人間社会とあまり関わりなく自立していたように思うが、今のカラスは人間社会に依存している。その内文明に滅ぼされるに決まっているが、人間が先かカラスが先かは怪しいものだ。
6月26日
○日本列島全域に空襲が拡大されて行くのに日本国は一向に敗戦を認めない。一億総玉砕をする気か。冷や冷やしながら怒りながら高見の日記を読む。そんな最中でも彼はいかに生きるかを求めて外国文学を読み続ける。
○誕生日の前日いつも行く成城の健康整体院で誕生日を祝ってサメのエキスもいただいた。ヘミングウェイが「老人と海」の中でサメの肝油を飲むが、それのようだ。子供の頃飲んでいた肝油も確かこれだったと思う。今回は初めてのマッサージ師だったが上手かった。この間もそうだったが、治療室が蚊取線香の匂いが充満しているので喘息持ちのぼくにはかなりつらい。ぼくのために止めて欲しいとはいえないので他所に行くしかないか。
○このブログの他に毎日、日記を書いている。もう何十年も続いている。2〜3行から10行程度の短文である。森鴎外だったか日記には感情的な感想をいっさい書き込んでいない。夏目漱石もその方がいいといっていたのを知ったのでただ事実だけを記している。
○古本屋で無意識に手にした高見順の「敗戦日記」を立ち読みしているうちに買ってしまった。こういうテーマは僕の趣味に合わず、むしろ避けてきた。でも読み出したら止められず朝晩ベッドの中で読んでいる。終戦最後の年の日本が物凄い勢いで崩落していく様に胸が痛む。そんな中で作者は身近の小さい事柄にも目を向ける。そんな余裕に作者のポジティブな生命力を感じる。
○わが家の庭のあじさいはピンクと青が植わっているはずだが、なぜか「朱に混われば赤くなる」の反対でピンクまで青くなってしまった。
○昨日は国立新美術館の南さんと、東京都現代美術館の藤井さんが遊びに来てくれた。二人は都現美での「森羅万象展」の担当学芸員だった。毎年ぼくの誕生日にはアメリカから取り寄せたデビッド・ボーイのTシャツをプレゼントしてくれる。今年もそうだ。もう6着たまった。二人はボーイのファンである。ぼくもボーイには二度会っている。1971年に出した「横尾忠則全集」のアメリカ版を持っていて、ぼくの作品を「パンクの元祖だ」と言ってくれた。
6月25日
○BSで美空ひばりの特集を見た。ぼくの歌える歌は、「悲しき口笛」、「東京キッド」、「越後獅子の唄」、「私は街の子」、「ひばりの花売娘」、「あの丘越えて」の六曲だけだった。「リンゴ追分」もよく知っているが難しい歌だ。またぼくの大好きな歌は「津軽のふるさと」、「港町十三番地」、「哀愁出船」、「ひばりの佐渡情歌」、「悲しい酒」、ぐらいで、せいぜいぼくが20代までに聴いた歌ばかりだ。ひばりの映画は15才位までは観ているけれど、その後は観ていない。
○瀬戸内寂聴さんとの共著のタイトルが間違っていたので正式なタイトルに訂正します。「寂聴訳・絵解き般若心経」です。23点の絵が1ページ大に入っています。この本であなたは般若心経のスペシャリストになります。下手すれば悟れるかも知れません。
○高見順の日記を読んでいたら、立小便をするところがあった。昔は誰でも立小便をしたものだ。最近はこんな風景を見るのはまれだ。もし見ても嫌悪感を持つに違いない。だけど高見順の立小便はノスタルジックで心休まる感じがある。ぼくの最後の立小便はいつかと考えて見たが思い出せない。19才の時神戸に住んでいて、九州のペンパルが修学旅行に行く途中三宮で列車が停車するので会いに行く時、その途中、空地で立小便をしていたらお巡りさんに注意された。このことだけが今も忘れないで記憶している。
6月24日
○桑田選手が初対決のイチローを三振にとった。2回投げて4奪三振の好投。アスリートとしての年令の限界に静かに挑戦している。力は落ちたが技術は冴えた。画家はどうだろう。ぼくは年と共に下手になってきているのがわかる。桑田選手から何を学ぼう。
○デ・キリコも晩年は下手になっていく。だけれどそのことがかえって自由を得る結果になった。
6月23日
隠居って暇だと思うでしょう。その反対です。頼まれ仕事をやらないと言うと何もしないでブラブラ街を歩いていると思っているでしょう。勿論ブラブラ歩きますよ。でも時間があるので、あれもしよう、これも描こうということになっていつも何かをしたり、何かを描いたりしているのです。閑中忙有ですよ。
6月22日
天橋立で魔除をスタッフのお土産に買ってきた。わらの間に唐辛子をムカデのように沢山並べたものだ。自分の分も買ったがぼくは魔の力を借りて絵を描くのでアトリエには不向きかな。
6月21日
○昨日は真夏の気温だった。成城の喫茶店で2時間半ほど頼まれてもいない文章を書いた。実に能率が上がった。これから色々な場所で書いてみよう。場所の持つ何かがインスピレーションを与えてくれるように思う。体はいつも外界と接しているから当然思考にだって影響する。
○蟻はよく働くと思っていたら、たった20%の蟻だけが働いていてあとは遊んでいるらしく。そこで働く蟻ばかりを集めたら全員が働くと思ったら、やっぱり20%の蟻が働いたという。そう考えると学校の偏差値もこれでいいのかなという論理になる。
6月20日
○天橋立の旅館で買った松葉のジュースを飲んでいます。緑色のきれいな色です。血流がサラサラになるそうです。でもグリーンのヘアートニックそっくりです。ミントの味がします。
天橋立の松林をそのうち全部飲む勢いで飲んでいます。
○わが家の猫はもともと野良猫だった。他にも野良猫がよく来ていたが、今いる猫だけが家の中に入ってきた。片目がつぶれたままだった。このタマは自ら自分の運命を切り開いて家猫になった。そして今は偉そうに野良を追っ払っている。人間に運命があるように動物にも運命があるのかも知れない。
6月19日
○日本一長いタイトルの本をついに出しました。「悩みも迷いも若者の特技だと思えば気にすることないですよ。皆そうしてそうして大人になっていくわけだから。ぼくなんかも悩みと迷いの天才だったですよ。悩みも迷いもないところには進歩もないと思って好きな仕事なら何でもいい。見つけてやって下さい。」109文字のタイトルです。ぼくも編集者も覚えられません。広告も出せません。書店で聞くにも聞けない。店員も覚えられない。店頭で発見するしかないです。
○2001年7月から今年の5月までのまる6年間「VISION」に書いたブログを全部収録した本です。勿論皆さんの質問にも答えています。目下もこの「VISION」のブログは続けていますが、今年の6月以前のものは消されたのでもしお読みになりたい方がおられるのなら、この長ったらしい本で読んで下さい。出版元は「勉誠出版」420ページ、\
2,940 (税込) です。
6月18日
○ポール・マッカートニーのニューアルバムを聴いた。80年代に画家宣言(?)をして以来熱心なロックファンではなくなった。もう20年近くロックを聴かなくなってしまった。ジョンもジョージもいなくなってビートルズも滅多に聴くこともない。久し振りにポールを聴いた。悪くないと思ったけれども40年以上経っても同じような曲を作っているのには驚くよりあきれた。まるで変わらないことを信仰しているのか、ジャケットの写真のポールもビートルズ時代と同じようにややふざけている。別に変わらないことが悪いとはいわないけれど、老齢に抵抗しないで、音楽は若くてもいいとして、下手でもいい、歌えなくてもいい、真実の「今」を見せてもらいたいと思った。
○スタジオジブリが出している「熱風」(6月号)にアニメーション映画監督の高畑勲さんがぼくのY字路の作品についての長い評論を書いて下さった。中には「あ、そうですか、どうも、どうも」という評論もあるが、この高畑さんの評論から学ぶこと、勇気を与えられること、気づき、次作の構想などが次々に浮かび、一刻も早くキャンバスの前に立ちたくなるようなぼくの魂に触れる文を書いて下さった。この文で高畑さんのことまでがよくわかりました。まだ面識がありませんが、ありがとうございました。
渡辺義人さん
メールのお返事が遅くなりました。45才にぼくは画家に転身しましたが、もしこの歳が早くても遅くても出来なかったような気がします。自分でしたいというより、させられたような感じでした.江戸時代だったら隠居になる歳です。能でいえば女時(めどき)で下り坂ですが、ぼくはあえて男時(おどき)に変えたのです。「精神は肉体を越えられるか」ですって。無理しなくてもいいでしょう。精神と肉体がひとつになるだけでも大仕事なのに、わざわざ越えようとしなくてもいいんじゃないですか。
6月17日
○桑田の地味な活躍が目を引く。彼のコメントはわれわれが忘れかけている「感謝」という気持ちを思い出させてくれる。中々口に出せない言葉が何気なく出せる人だ。
6月16日
○天橋立は松島と安芸の宮島と共に日本三景のひとつ。この三景はすでに4回は制覇している。不思議なもので長い間来なかったのが一度来てしまうと何度も来ることになる妙な法則があるような気がする。
○丹後半島の一角に舟屋という漁船が格納される舟のガレージつきの家が230軒ずらっとならんでいる。丹後のベニスという感じである。透明度が高く、水深7メートルの海底まで見える。ここは浦島伝説の地。透明の海の底を眺めていると、竜宮城があっても不思議じゃないと思えてくる。
6月15日
○のぞみが弾丸のように物凄いスピードで通過するのを間近に見れる駅が新横浜だ。東京や京都や新大阪では見ることができない。こんな高速で走る列車に乗るのかと思うと恐ろしくなる。車窓を流れる風景を見ている分ではこの異常なスピードが実感できないだけに、きっと体によくないはずだ。
○天橋立に来ている。梅雨入りのため一日中雨。これじゃアメハシダテである。さすがこの雨じゃ橋立てを渡る人もいない。 早々に旅館に入って温泉に浴しよう。今回は瀬戸内寂聴さんも同行。
6月14日
○わが家の猫は時々すねて姿を消すことがある。例えば夜は用心が悪いので外界との通路を閉ざすと、その場ですねて家のどこかに隠れてしまう。家の中の隅々を捜してもどこにもいない。でも家のどこかにいることは間違いない。念力で透明猫になるといっても不思議では無い程どうしても見つからないのだ。
○創作と五感は大いに関係があると思う。三島由紀夫の小説には五感が至るところに出てくる。音だとか匂いだとか、視線とか触角、それに味覚まで。だから非常に肉体的なのだ。創作の中だけでなく、それ以前に実生活での肉体感覚がなきゃああまで描けないはずだ。絵だって同じだと思う。
6月13日
○西日が傾く頃になると下の方で(アトリエは高台にあるので)子供が大きな声で騒ぐのが風に乗って聞こえてくる。子供は相手の言うことなど聞かずに思い思いにしゃべる。近くでしゃべられるとかなりうるさいけれど、風に乗って来る声は心をなごましてくれる。子供の声と共に電車の音も同じように聞こえてくる。ついでに夕方独得の香りがしてくる。インドではプラーナという気が朝と夕に辺りを支配する。そんなプラーナの匂いかも知れない。昔よく聴いたアリアクバル・カーンのプラーナを唄った(弾いた)サロッドの音が耳元でする。
○今日は晴天で気持ちのいい一日だった。昼、そばを食べたあと本屋に寄ってアトリエに戻ってくる。ざっと20分位の散歩。アトリエのソファーの寝そべってズーッと文章を書いていた。すると絵が描きたくなる。絵を描き続けると文章が書きたくなる。いづれにしても想いを形にする作業だ。
6月12日
○ぼくには絵のスタイルがあるようでない。ないようである。その都度、対象によってスタイルが変化する。意図的というよりそうなってしまう。昔はスタイルがケロケロ変わるのが不安だった。大先輩の画家が「お前分裂症違うか」と言ったことがある。絵に限らず、気が多いというか、飽きっぽいというか、持続性に欠如している。そんな短所がぼくの作品のスタイルといえる。
○この季節は一年中で一番日が長いので好きだ。だけど8時か9時頃にはベッドに入るぼくとしては夜がないことになる。外が薄明るくなるころに起きるから、夜の街は他人事だ。そのくせY字路などの風景画は夜景を描いてしまう。ぼくにとって夜景は虚構になってしまったのだろうか。そうだったらこんな面白いことはない。
○貝原益軒の「養生訓」では猫背は内臓を悪くすると書いてあったので、この間から姿勢を正し背中をピッと垂直に立てて歩くことにした。まだ慣れていないので実にギコチナイ。ギブスで背中を支えているようなヘンチクリンな姿勢だ。つい頭までが上を向いてしまい、われながら1日日本兵みたいで、歩行しながらつい軍歌を口ずさんでしまうのだった。
大リーグのマウンドにやっと立てた桑田投手は我がごとのように嬉しい。目標が目的ではなく努力する姿勢が好きだという。そして感謝の気持ち。初心を忘れない桑田の姿勢に忘れていた初心を思い出さされた。
6月11日
20代の後半ぼくは新聞に自分は老衰で死んだという死亡広告を出したことがある。本当に死んだと思った人もいたくらいで、なかなか愉快だった。それ以後も人や世間をからかいたくなって、首を吊った自画像ポスターを描いたり、初の作品集のタイトルを「横尾忠則遺作集」とし、友人達はぼくがニューヨークに行っている間にわざわざ葬式もしてくれた。ところが最近知ったことだが江戸時代の絵師、司馬紅漢も自分は老衰で死んだと死亡通知を配っていた。また年令を九歳もサバをよんでいた。よほど早く老人になりたかったようだ。ぼくの隠居宣言とどこか共通している。勿論紅漢も北斎も共に隠居してから傑作をものにしている。
6月10日
○絵は観るだけではなく、時には買うことも大事である。買うことによってその画家の人生だけでなく、それを成立させている秘密や謎が次第に解明されていくからだ。
○ぼくは毎日日記をつけている。もう30年位つけているように思う。何のためか考えたこともない。又読み返すことはない。一日がボケているかどうかを確かめるためだろうか。日記を書けなくなった日がボケの初日になる。
○アトリエの天井に扇風機が二台ある。インドのジャイプールの宮殿風のホテルに泊まった時、扇風機が部屋にも館内至る所にあった。それがなぜか昔観た「カサブランカ」の映画のイメージと結びついて、アトリエの設計者の磯崎新さんと相談してつけてもらった。「カサブランカ」の風が吹いている感じだ。
○外国映画の中で封筒ののり付け部分を舌先で横になめるシーンがあるがあれは大好きだ。女性がするよりも男性がする方が決まる。一種のフェティシズムを感じる。子供の頃新しい本を買うと中味を開いて必ず匂いを嗅いだ。あrふぇも同じ感覚だったように思う。
6月9日
○画家は様式を求めようとする。でもぼくは様式が手に入った途端にその様式を捨てたくなる。それは様式を見つけるまでが愉しみで、見つかった後はなぞるだけで愉しみは即消える。
○ぼくにとってデザインの仕事は命を縮めるけれど、絵は延命させてくれるように思う。
○今一番興味があるのはアスリートの天才達である。彼等の言葉や行為に芸術と共通するのを見る。
○「ガンバッテル」 というのを見せつけている人の仕事はすぐ飽きられる。眼と心が内に向かないで外に向いているからだ。
6月8日
○絵は時々描き過ぎてドツボにはまってしまうことがある。そんな時は行くしかない。そして終始がつかなくなるその時は時間を置く。すると実に簡単に糸口が見つかる。これこそ絵を描く醍醐味である。
○また絵を描く楽しみは描いては消し、消しては描くみたいな賽の河原で石を積む童とそれを崩す鬼との関係を一人でやっているようなものだ。
○どうあがいても上手く思うようにならないそんな絵は、そのまま放置してしまった方がいい。それを完成させてくれるのは鑑賞者だ。
○昔に比べるとどうも下手になったように思うことがある。それは下手になったのではなく自由になったのだと思うようにしている。
6月7日
○昨夜9時頃からふと文章を書きたくなって朝の6時まで33枚書いた。右手が痛くなってしまった。絵の仕事にさしさわるかも知れない。隠居生活に入ると自分でも思わぬ愚行をやってしまう。でも三昧に入ると時間のことを忘れる。さて書いたものを読み返すのも何となく恐ろしい。さてこれに手を入れて完成させる気はすぐやって来そうにない。といってこのまま放っておくともう二度と読まないだろう。でも深夜に9時間も自分の言葉と付き合ったのは事実だ。
○くたくたにくたびれた肉体を引きずって早朝の川原で散歩してもいいが、それとも体を温存させて、朝風呂でもゆっくり入って美容院でシャンプーをしてもらおう。
○わが家の天井に住むネズミは朝、昼、晩かまわず、物凄い音を立てて走り廻っている。相当大きな音がするのでもう猫ほどの大きさになっているんじゃないかな。台所にいるネズミは小さいが物凄く早くて、薄い影がサーッと走ったようにしか見えない。どうも猫のエサを食べに来ているようだ。わが家の猫は礼儀正しいだけが取り得でネズミにはそれほど関心がない。ネズミに対しても礼節を守っているらしい。
○日本経済新聞に毎土曜日瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら」という文豪との交流エッセイの挿絵に肖像画を描いているとは以前のブログ通りだけれど、毎回4号のキャンバスに描いているが、これが実に楽しく、ついつい先の〆切のものまで描いてしまう。今度この肖像画がパッチワークのように描かれた兵庫県の加古川線のラッピングカーに登場する。すでに4種のラッピングカーが走っている。人気上々に乗客が増えたそうだ。電車を展覧会場までに持って来れないので是非現地で見てもらいたい。
6月6日
久し振りでプリンセス天功さんがパナマの海中で採ったという奇妙な白い大きい貝のお土産を持ってアトリエに遊びに来てくれた。彼女のイリュージョンは全て夢で送られてくるヴィジョン(設計図)を実現したものだ一種のドリーム・コンタクトである。大方のマジシャンはアイディアに四苦八苦するそうだが、彼女は眠るだけでいい。
天功さんはいつもロールスロイスで来る。この前はグリーン、今日はホワイト。色違いのロールスロイスを4台持っているそうだ。こんな車がアトリエの前に止まっていても、誰もぼくの車だとは思わないだろうな。
6月5日
○テレビの画面にニューヨークだと思われるアメリカの都市の一部がテロの自爆行為によってパニック状態になっているのが映し出されている。赤い炎に包まれた街路を人々が右往左往しているが、音が聞こえない。枕元のリモコンを手探りで求めて、やっとヴォリュームを高くしたと思ったらチャンネルが変わって文楽をやっていた。リモコンを手にするまでが夢で、それ以降は現実だった。現実にどのチャンネルを廻してもテロの報道はされていなかった。その後1時間位文楽の番組を観る。
○絵は最初の切っ掛けがあればいい。制作のプロイセスが勝手に方向を定めてくれる。その定めの法則に乗れば、絵が作者を思わぬ地点に運んでくれる。
○ぼくは本を読むのが思いっきり遅い。飛ばさないで一字一句読むからだ。でもこの方が読後の足跡が残ってかえって早く読んだような気になる。
○「隠居」に関する本を探したら70数冊あった。でも自分が隠居に興味がない頃は一冊も店頭で見なかった。「老人」 を自認したら老人の本ばかりが目につく。「蟻」に興味を持っていると今度は蟻の本が書店の棚からぼくの指を求めてきたので買った。あの「青い鳥」のメーテルリンクの「蟻の生活」だった。老人はしばしば徘徊するが、蟻もよく徘徊する。
○いまだに携帯電話を持っていない。時代に反抗しているわけではない。人と人との関係や事柄をなるべく少なくしたいからだ。携帯が無くって不自由したことはない。あるとかえって自由が奪われるような気がする。忙しくしたい人には必需品だけど、暇でいたい者には暴力じゃないか。
○周囲の環境や社会が目まぐるしく動いているのを見ると、なぜか静かな気持ちになるものだ。隠居の効用か。そのくせ取材の依頼がやたらと多い。適当にその時の気分で面白いものだけをつまみ食いするのも隠居遊びといえよう。また嫌になったら止めればいいんだから。
6月4日
○深夜目が覚めてテレビを付けたら、「ピッチャーのバイブルを作った男」というノーラン・ダイアンのテレビ番組をやっていた。40代でノーヒットノーランを7回も達成したピッチャーで彼は「完成されたピッチャーは、完成された人間である」と言う。アートも同じだ。作品以前に人格である。
○道路2本はさんで大江健三郎さんの家がある。久し振りで大江さんの「作家自身を語」を読み始める。大江さんの愛読書「ハックルベリィ・フィンの冒険」を目下読んでいる所だけれどぼくは70才になって、大江さんは子供時代に読まれた。この本の中で「僕は地獄に行こう!」とハックが言うところがある。大江さんは「何か難しい選択を迫られると、難しい方を選んで、あとは後悔しない。振り返らない」そして「よろしい。ぼくは地獄に行こう!」と考えるようになったそうだ。それはぼくも同じだ。
○夕方アトリエから帰ってくる時、家々から夕食のメニューの香りがしてくる。カレー、肉じゃが、すき焼き、などが各家から順番に匂ってくる。谷内六郎さんの絵の中を歩いているような郷愁に襲われ、早く自分の家の匂いをかぎたくなる。
○岡本太郎さんって本当に絵を楽しんで描いたのだろうか。ぼくはそう思わない。苦しんで描いたとしか思えない。それも何かの強迫観念で。自信ありげに見えるが内心は不安だったのでは。本人は開放的に描いているように見えるが、あれはポーズのような気がする。手足を力いっぱい伸ばしているように見えるが、なぜか開放感に欠如している。自分のことはわからないが、同業者のことはよくわかる。
6月3日
○ヨーロッパのどこかの都市でぼくは仲間とはぐれてしまった。不幸にも宿泊のホテルの名前も住所も記憶にない。今夜帰国の予定だが焦るのみ。パスポートもお金もない。絶海の孤島に取り残されたような孤独に襲われる。ぼくを心配した外国人と思われる若い女性がいるが何の役にも立たない。そんな夢を見た。
○1964年初めてヨーロッパに団体旅行をした時、ニースの街で道に迷ったことがある。ホテルにチェックインすると同時に待ちに飛び出した。ところがホテルの名前を覚えていなかったのでパニックになった。確か海岸の近くのホテルだった。通りがかりの人に尋ねても帰ってくる言葉はフランス語ばかり。フランス語で「海岸」って何ていうのだろう。フランス語の歌で「ラ・メール」とかいうのがあった。そこでフランス人に「ラ・メール」と言ったら、俺の後をついて来いと言ってホテルと反対の方へスタスタと歩いて行った。そして一軒の肉屋の前に立って「ここだ」と言った。ぼくのラ・メールという言葉が肉屋を意味していたのだろうか。やっと団体の中の日本人に出会って助かった。
○わが家の天井と壁の中にネズミがいて、一日中パリパリと何かをかじっている。時々棒で天井を叩くとしばらくは黙っている。台所のネズミが弾丸のようなスピードで床を走り抜ける。わが家の猫がそれを感心して見ている。
○油絵は難しい。何年も経っても上達しない。上手い人は上手い。下手な人は下手。ぼくは後者だ。岡本太郎は「決して上手くあってはならない」と言っている。アマチュアでいろということか。そういうと太郎さんの絵は美術の歴史を知らない人の絵に見える。
6月2日
○「さて今日は何をして暮らそうかな」という心境は最高だ。今まではやらなきゃいけない仕事が待ち構えていたがそれがないと急に未来が開ける感じだ。もっと早く隠居気分になっておればよかったと思う。
○雑誌などのメディアは気分次第で受けたり受けなかったり、まあ暇つぶし程度が良い。気分を重視。これが一番。
○7月に瀬戸内寂聴さんとの共著「寂聴般若心経」(朝日出版社)が出る。そこでぼくはビジュアルを担当している。凄く優しく般若心経の世界が解り易く説かれている。一人一冊カバンの中に。
○「5L」というフリーペーパーの雑誌で「横尾忠則温泉主義」というタイトルで旅行記を連載しています。エッセイの他に絵も描いていますが、絵のサイズが10号だったり150号だったりするのでいつも未完成の作品を載っけています。テーマは能の形式を借りて旅の僧侶が旅先で出会う人(亡霊だったり、鬼だったり)の話の中に入って行って幽幻の世界を体験してくれるように、ぼくがシテになって旅先の歴史や説話や名所などを絵の中で表しています。
6月1日
○ 2日間で計12時間近くぶっ続けでしゃべった。といっても単なるおしゃべりではない。平凡新書「隠居宣言」のための語り下しだ。8月か9月に刊行予定。デザイン廃業宣言である。以前から頼まれているデザインの仕事が2、3残っているけれど、心はそこにないので気分爽快だ。あとは好きなことだけをすればいい。お絵描き三昧、Y字路三昧、温泉三昧、お芝居鑑賞三昧、散歩三昧、書き物三昧、少年物・古典文学読書三昧、ああ遊び忙し三昧。これからの短い人生長くなりそう。