7月31日
○「サンタナ・ロータス」のジャケットがギネスブックに認定されました。きっと22面体というジャケット史上初めての試みということだったんでしょいうね。それにしても30年も前にデザインしたものが、今回のCD紙ジャケの発売でやっと認定されたというのもおかしなものです。22面体を越えるジャケットが現れるのを今まで待っていたんですかね。

7月30日
○芥川賞や直木賞はどうしてあんなにお祭りみたいに騒ぐんですかね。美術やデザインには国際的なもっと大きい賞があるけれど、国内では騒いでくれません。日本は芸能と文学天国の国のようです。ビジュアルより言語が重視されている国だけあって、美術に弱い人が実に多いですね。編集者で「私は文学専門なので美術はどうもわかりません」という人がいますが、美術がわからない人がどうして文学がわかるんですかね。

7月29日
○時々子供の頃住んでいた家を想像して、家の中を歩き回る事がある。もうこの家は45年も前に壊されて今はない。川端康成の「故郷」という小説で昔住んでいた家を子供時代の女の子と出会い一緒に訪ねる話がある。その女の子は今では婆さんだけど、自分も小さい子供になっていたりする。家の中に入ると父親の声がして、今時分が生まれようとしている瞬間に立ち合うというちょっと怪談めいた話である。
○久し振りで早朝(7時)散歩しました。あんまり体が重くなってきたからです。体が悲鳴をあげていたからです。いつも行く野川には緋鯉と人面魚に加え、いつの間にか大きい亀が五匹もアップアップおぼれそうな格好で泳いでいました。この分なら亀はまだまだ沢山いそうです。この間郷里の川で子供が魚を追いかけていましたが、都会の子はそーいうことに興味ないんですかね。反対だと思っていましたが・・・・・。

7月27日
○30数年間毎年家族写真を撮ってもらっていた安河内羔治さんが86歳で亡くなられて、そのお葬式が教会で行われた。教会での葬式は初めてだったけれど仏式よりも死者が死者となった感じがあまりしなかった。死者を生者として感じられたからだ。なんだかいずれ向こうでお互いに生者として会えそうな気がした。
○泉鏡花の「夜叉ケ池」、「海神別荘」、「山吹」 、「天守物語」の歌舞伎を二回に分けて観に行った。玉三郎と海老蔵は好演だったけれど、この二人の出演していない演目はよくなかった。三島由紀夫が最も劇化を望んでいた「山吹」の演出、演技、美術はちょっとひど過ぎて見れないものがあった。もし三島さんが観られたら、きっとがっかりされたに違いない。戯曲を読むと「山吹」は芝居にしてもらいたくなるのは三島さんだけではないということがよくわかる。

7月23日
 11日間滞在して制作した郷里で、もう一度想い出の町を歩いて見た。その変化の激しさに記憶の風景と交差し合う。今の郷里は最早見知らぬ土地になりつつある。だけど夢で見る郷里はいつも子供の頃の記憶の町である。そんな町がまるで亡霊のように現在の町にかぶる。いくら変わっても郷里は郷里である。そして死ぬと永久に郷里の土地になるのだろう。

7月22日
○やっと雲間から太陽がのぞいた。10間の滞在中、8日間は雨。来日中のカルロス サンタナが会いたいと言ってきたが、旅先にいて残念。また来日するそうなので、その時までおあずけ。彼とはシドニーでのコンサートで会ったり、ロスアンジェルスで一緒に買い物しに行ったり、総持寺で座禅をした想い出がある。「サンタナ・ロータス」のCD紙ジャケットにエッセイを書いているので、読んでみて下さい。
○つい、さっき、西脇健康ランドで公演中の大衆演劇を観に行ったが、本日の部は修了していて残念。子供の頃はよく観ていた。作品の源泉になっているかも知れない。自作のケバケバしい、そしてエロティックでちょっと怖い祝祭的な傾向などに影を落としているような気がする。
○目下滞在中の西脇の岡之山美術館で60年代の雑誌のイラストレーションや表紙などの原画、原稿などを展示(全100余点)しています。これらの作品は初出品(初発表)のものばかりです。ぜひ見て下さい。

7月20日
○洪水の心配がなくなったので、ぼくは二つの川の合流地点の様子を見に行った。二年前には合流地点で一方の川に水が逆流したために町が水浸しになってしまった。以前ぼくが住んでいた所は、川からかなり離れているのに床上浸水で、辺りは湖のようになってしまったそうだ。合流地点には心配した市長もおられた。朝の4時のサイレンで目が覚めて、それ以来眠っていないというと、市長は一晩中「ヒヤヒヤでいつ、避難命令を出すか、そのことばかり考えていましたわ」と、物凄い音を立てて流れる川を見ながら、今はホッと胸を撫で下ろしておられる感じだった。二つの川はぶつかった所は水が盛り上がっていて恐ろしい形を作っていた。ぼくはしばらく、この水のエネルギーを感じとっていた。
○こちらに来て8日になるけれど、ほとんど毎日雨なので、運動不足気味。昨夜は夕食のあと、雨が止んでいたので、本屋に立ち寄りながら、小一時間位散歩をする。久し振りで歩いたけれど体が重くて不格好な歩きしかできなかった。体の声はどうも「歩きたくない」と言っているのだった。
○多忙に追われていると、最良の日は真っ先に逃げてしまって、老年が近づいていることに気付かない。とセネカという哲学者が言っている。雑務から離れてこのように旅先で絵を描いていると、人生はきっと長く感じるに違いない。一日が早く終わるのが惜しいようでは、その人は人生を満喫していないように思う。

7月19日
○朝の4時に突然サイレンの音で起こされる。町の防災対策本部が「河川が増水して危険水域に達した」という警報があり、6時前に再びサイレンが鳴り続け、危険地区を名指しで避難命令が出された。ホテルの部屋から見ると町の中央を流れる川が橋桁ぎりぎりまで増水している。町は騒然としており、避難を呼びかける車が町内を巡回しながら各地公民館に避難を始めるよう呼びかけている。

7月18日
○連日連夜の雨が降り止まず、川は増水。まるでガンジス河のような赤い泥水が沖の波のようにうねりあがりながら上流から、漂流物が押し流されてくるのを見ていると二年前のこの町を襲った洪水を思い出すと地元の人はいう。ぼくの子供の頃には川が増水して何度も橋が流されたのを見てきたが、川から溢れ出た水が床上浸水で、牛や人間までが死んだという二年前の洪水は想像できなかった。22年間ぼくが郷里で雨にあったのは今回が初めてだったので、連日の大雨と川の増水には驚いている。子供の頃、雨といえば雨蛙が庭に沢山集まってきたのを思い出す。そんな雨蛙を口の中に入れて、小さい女の子の前で口を開けると雨蛙は女の子の顔に飛びついたものだ。そしてぼくの口の中にはオシッコを飛ばしていった。
○環境が変わると絵も変わる。変えようと努力する必要もなく変わるので、この方法が一番いい。
○「Y字路」のシリーズは郷里から出発した。そして今その第二段のシリーズが始まろうとしている。以前のY字路は無人だったが、今回からのY字路には人物が登場する。舞台装置(Y字路)に役者が登場して、これからどんなドラマを演じようとしているのか作者のぼくにもわからない。
○制作三昧でやや運動不足気味。散歩がしたくてもこの雨ではままならぬ。創作と運動はひとつのもの。どちらが欠けてもうまくいかない。

7月17日
○しばらく東京を離れて制作してみたくなって郷里の西脇にやって来た。友人の画家のアトリエで毎日制作している。山の中のアトリエにはクーラーもない。窓を開けて自然の風を入れる。なんだか子供の頃家で絵を描いていた頃を思い出す。体に汗がにじんでくるが絵の制作にはむしろ快適な環境より、この方が肉体を感じていい。
○とにかくここ二日間は非常に激しい雷雨だ。田舎の真夏は東京とはかなり違う。土や樹の匂いでむせかえっている。今日なんかは雨が上がったあとにトンボの大群が乱舞している。こんな光景は子供時代のもので、長い間忘れていた。そんな忘れていた光景はなんぼでもある。
○一昨日は丹波の方へ滝を見に行くことになった。だけど途中で雷雨に遭いまるで滝の中を車が走っている感じだ。あちこちで稲光がして、頭上を物凄い雷雨が轟く。滝のある所まで行ったが車から降りられず、とうとう断念。2時間半ほどの雷雨の中のドライブだった。
○肉と甘いものの食べ過ぎで胸焼けが激しく、昨日も今日も精進料理みたいなものばかり食べていた。地元の食品ばかりだ。生まれた土地の食産物が体に一番いいという。
○セザンヌやルノアール、そしてピカソもパリから小一時間ほど走るとフォンテンブローの森がある。そんな所で制作したいと思うが、そんなわけにもいかず、郷里の山里で描いている。鶯が唯一の音楽だ。それと扇風機の音が海の波が海岸に打ち寄せてくるのとそっくりだ。山の中で海辺を感じながらお絵描き三昧だ。

7月16日
 Y字路の画集を出版したばかりで、すでに次のテーマに移っているはずなのに、再び新しいY字路のテーマが浮かんだ。それを描く楽しみに今期待大であります。別の面白さが出るといいんだけどなあ。前期のY字路の破壊でもあります。

7月15日
 ここ一ヶ月以上絵の制作時に聴いていたモーツアルトや日本の懐メロを中断して今は文学者や哲学者の講演、また落語なども聴いている。同じCDを何回も何回も繰り返して聴いている。耳にしみ入るというより体にしみ入るように思う。さてそれが絵にどう反映するのか、まあ直接の影響はないでしょうね。

7月14日
 仙台の秋保温泉に行ってきた。帰ると温泉をテーマにした絵を描くことにしている。行ったその夜夢の中で構想を練っている。するとホテルの下を流れる名取川の下流から馬に乗った武将が水面をまるでキリストのように駆けてきた。「何者?」と頭の中で思うと「伊達政宗」という名がやはり頭の中でした。その光景を絵にすることにした。絵のアイディアはいつも向こうからやってくる。正にアイディアが馬に乗ってやってきたのだった

7月13日
 神津善行さんに聞いた話。ある日本人が外国で車の人身事故を起こした。入院している人を見舞った。すると外国語で何やらしゃべった。何度聞き返しても同じことをいうばかり。そこでその言葉をメモって言葉のわかる人に訳してもらおうと思った。しかしそのベッドの男は最後にもう一度同じ言葉を話してとうとう死んでしまった。あとでわかったことだが、その男の言葉を訳すると「呼吸器のチューブをお前は足で踏んでいるから足をどけてくれ」だった。

7月12日
 この間日本道観の会長さんと対談したことは書きましたが、道観の教えの中には「病」というのがないという。お釈迦様でも「生病老死」といっているのに「生老死」が正しく生きた人間に与えられる人生だそうだ。もしわれわれが自然の摂理に従って生きたら「病」は人生にとって無縁だそうだ。「病」の原因は人間の執着と欲望らしい。この二つを持っていない人間はいないと思う。さて、捨てることのできないこの二つのバランスとコントロールが問題だと思う。自己を制することの難しさをいつも感じているが、努力はしてみる価値はありそうだ。

7月9日
この間、誕生日にゲストに瀬戸内寂聴さんと友人の温泉仲間の編集者を招いてお好み焼きパーティーをスタッフ共々わが家で開いた。神戸時代お好み焼き屋に下宿していた時、習得した技術だったが、数日前のリハーサルの方が上手くいった。「私はそのリハーサルの味を知らないので何ともいえないけどなかなか美味しい」との評判を瀬戸内先生から受けた。とはいうもののぼくが作ったわけではなく、お手伝いのKさんの作であった。日に日に上達しているので、その内店を張ることも夢ではなさそうである。お好み焼きとぜんざいの店はぜひやってみたいね。

7月8日
 余り眠るのが好きでないせいか、夜中に必ず目が覚める。そして枕元にある本を読む。それも皆さんがすでに若い頃に読破されたと思う、古今東西の名作文学が中心だ。ぼくの若い頃なまけて読まなかった本が中心で、今や遅しという感である。でも勘違いをして、今の自分が青春であるかのように錯覚させてくれて、自分の人生は今から出発だなんて呑気な気分にさせてくれる。自分の中の少年性の認識かも知れない。

7月7日
 ニューヨークでシルクスクリーン工房を持っていた川西浩史君が7〜8年振りに、ジャスパー・ジョーンズの企画のポスター展(ニューヨークのギャラリー)に出品するポスターを取りに来た。その時の話― 浩史君の3歳の女の子とニューヨークに住む、友人の4歳の男の子が、東京で会って信じられないくらい仲良くなった。そしていよいよ男の子がニューヨークに帰ることになって空港まで送りにいった。それまでは普通に仲良く遊んでいた。ところがいよいよ別れる瞬間になった途端、女の子は猛烈に大声で泣き出した。涙がいきよいよく前に飛び散ったそうだ。だけど男の子はグッと涙をこらえて、口をへの字にして女の子から目をそらして横をにらんでいたという。まるで日本の武士のように。女の子は泣きわめきながら止まらない。親が「仕方ないでしょう。またいつか会えるからね」というと、「私は今が悲しいの!」といった。女性は子供でも常に「今」を生きているようだ。では男性は?どうも男性は過去、現在、未来を生きているのか。「今」を消し去ることができるようだ。ぼくは女性の方が男性より現在を生きているように思う。

7月6日
 パリのカルティエ現代美術財団の個展が5月いっぱいで終わってしまったのでパリと繋がっていた糸がプツンと切れたことはこの前書いたけれど、来年5月にはミラノのギャラリーでの個展が待機しているので、今度はミラノと糸が繋がりつつある。こういう感覚を心霊用語でバイロケーションという。

7月5日
 「病の神様」 を出版してから、病気に関する取材が多いのには笑ってしまう。病気を楽しがっている間に治ってしまった話ばかりなので、きっと興味があるのだろう。その内「病気の神様」顛末記でも書けそうかな。それにしても病気を吐き出したせいか、体調はすこぶるいい。

7月4日
 先週の日、月と諏訪湖へ行った。諏訪湖を舞台にした三島由紀夫の「愛の走」という小説を読んだばかりだったので、この偶然性はちょっと面白かった。また諏訪湖に温泉があるとは知らなかったので温泉廻り特別編ということで、これもシンクロニシティか。でも諏訪湖は汚染されていて淀んできれいではなかった。でもぼくの中の諏訪湖は「愛の走」の諏訪湖である。東京を出る時土屋嘉男さんに電話したら留守電だったので、もしやと思って蓼科の別荘に電話したら、つかまった。土屋さんはぼくが諏訪湖にいるといったらびっくりした。そこで土屋さんに会いに行った。「久し振りで人間と話ができたと大喜び」「狸ではなくてわるかったね」とぼく。白樺林に囲まれた山小屋で、ここでギターを弾いたり、歌を唄ったり、本を読んだりしているそうだ。原稿用紙はすでに1,000枚も書いていて、童話と「続・想いで株式会社」のエッセイらしい。童話の中には「忠則君」という少年が宇宙人に見初められるという話だ。「また来るよ」と言って山に土屋さん一人残して帰る。

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