6月30日
Kinuさん
数年前ニューオリンズの美術館(絵画展) と大学(ポスター展)で個展をしたので、2回当地に行き、その時ミシシッピー河を見ました。船で下ったのは本物のミシシッピー河ではなく東京ディズニーランドのミシシッピー河でしいた。いつかミシシッピーに行くことがあればいいですね。

ききさん
  美術は美術界の為にやるものではないのです。何の為、誰の為に絵を描くのか考えてみて下さい。目的の為の手段にするからつらいのです。美術は限りなく遊びに近いものです。遊びがつらいのはどうでしょう。質問の「作品の質以外のものが必要か」ですが、質とは何でしょう。作品の質を決定するのは人間の質以外にないと思います。だけど美術界の評価はコンセプトや新しさ、時には思想やプロパガンダを問題にすることさえあります。美術はあくまでも美の追求にあると思います。

ちさん
  絵は本来大衆を必要とするものでしょうか。たまたまそこに大衆がいるだけじゃないでしょうか。それはそうと、公開制作ツアーのアイディアはまんざらではないですね。その目的は見せる為ではなく、見られる力を利用した作品創りということですかね。

6月29日
  沢山の方からバースデー・メッセージをいただきありがとうございます。この数年誕生日が来ても実年令が何歳なのかすぐわかりません。曖昧にすることはよくないと思いますが、年令だけは曖昧にしています。その内誰かが識べるか、必要な時には人に聞けばいいと思っています。また同じ年の人の年令を知って判ることもあります。気が付けばびっくりするほどの歳になっていたと思うかも知れません。とにかくここ数年は足踏み状態という感じです。
  ところで今日は宝塚市に来て昨日から宝塚歌劇の新しい作品のポスター撮りです。昨日は星組の湖月わたるさん、檀れいさん、安蘭けいさん、今日は専科の轟悠さんを撮りました。今回は連続して二公演のポスターを作り、雪組のレビューでは舞台美術も制作することになっています。宝塚ファンは勿論、でない方にもぜひ観てもらいたいとおもいます。
  さて、BBSにいくつか質問をいただいていますが、帰京してからお答えします。このところ毎日スカイ・ザ・バスハウスの個展の為の制作に入っていますので、BBSあh毎日拝見していますが、VISIONの文章は時々忘れます。また色々な方への御礼の手紙もたまっています。手紙の返事だけはせっせと書かなきゃストレスになります。といっても未知の方々まではちょっと手がまわりません。
  やっと宮崎県立美術館の個展が終了しました。九州の方々、また関西や東京から観に来て下さった方達には御礼をいいたいです。来年は1月は熊本市現代美術館です。九州の方々是非熊本へも。でも年内にはまだ二つあります。目の前のことをひとつひとつ片づけていくだけです。若い頃と違って最近は先のことを考えなくなりました。先のことばかり考えていると時間が過ぎるのが早くなります。宝塚は快晴です。

6月25日
 猫にはどうも時間の概念がないようだ。10日振りで帰宅してもその間の不在に無頓着である。まるで昨日の今日という時間感覚だ。その点犬はまだ不在の時間の認識がある。猫は一日中眠っている。無意識の時間が長過ぎる。目覚めていても無意識状態とそう大差ないような顔をしている。意識には時間があるが、無意識には時間がないらしい。10日間不在に気付かないのは10日という時間を意識していない為だ、常に目覚めていても無意識でいる為めだ。猫と付き合う為にはこちらも無意識になるしかないのか?

6月24日
 国内線の飛行機はやっぱりイヤですね。ギシギシに詰め込まれて、得体の知れない不安感を抱いたまま、機内の妙な静寂さに耐えなきゃならなかった帰京(宮崎から)の旅は、やはり列車の快適さには劣るように思うのは多分ぼくだけかも知れませんね。飛行機が嫌いというより新幹線の旅が好きなんです。宮崎も暑いと思ったけど今日の東京は真夏並ですね。夏(梅雨)生まれのぼくは寒いより暑い方が身体に合うみたい。汗をかきながらの制作がこの夏に待っています。絵のテーマは内緒だけど、ヒントは「熱い」です。10月15日よりのスカイ・ザ・バスハウス(台東区谷中)で久々のギャラリーでの個展です。ギャラリーでの個展は1996年の南天子画廊以来ですから8年振りです。この間美術館での個展が多かった為かなと思うんですが、画廊での個展はまた格別な「挑戦」でもあるのです。

華さん
 火曜日には30号を途中まで描きました。未完のまま展示されていると思いますよ。展覧会が終わったあと東京で仕上げます。Y字路の画集に中でまた見て下さい。橘劇場に行かれたら、三代目澤田謙之助さんによろしく伝えて下さい。一部とニ部の間に口上を述べられるので、その時客席から声を掛けてみてはどうですか。きっと返事が返ってきますよ。

6月22日
 台風のためとうとう余分に2日も宮崎に滞在することになりました。お蔭でまたまた絵を描くことができました。火曜日の夕方帰京ですが、またよるアトリエに行くような気がします。この10日間は10日という感じではなく長い1日という感じでした。絵巻物のようなながーい1日です。一生も多分ながーい、ながーい1日という感じで終わるのかなという気もします。絵だって一点一点というより、全部つながったながーい一点の絵巻物じゃないかと思います。

かな子さん
 大阪からわざわざ宮崎までありがとうございました。お寺で働いてられるとのこと、何宗ですか、エネルギッシュなお寺ってどんなお寺ですかね。12月に枚方市民センターで「夢枕」と題する個展が開催されます。また来て下さい。

まちこさん
 絵のタイトル(一作目)はまだ決まっていませんが、「台風前夜」というタイトルはあなたですか?「台風前夜」というのは気に入っていますが。

いもがらぼくとうさん
 覗き窓から見る作品は実は白黒の絵でバラの花だけに色をつけ、部屋の中から赤い電燈で照らしています。ちょっと映画的効果をねらいました。

やすさん
 結局月曜日は帰れずに宮崎に滞在して、美術館で30号1点描きました。火曜日の夕方飛行機で帰りますが、ぎりぎりまでまた制作します。

華さん
 一度大衆演劇を観て下さい。ぼくは子供の頃このお芝居で育ちました。だから身体の中に思想となってすり込まれています。

ナツロウさん
 父の日なんて一度も祝ってもらったことがないです。父と思われていないんでしょうね。きっと。

ひとみさん
 この所九州方面での発表が多いです。この前は福岡市美術館での個展、今回の宮崎県立美術館での「Y字路」の個展、来年5月の熊本現代美術館での個展と続きます。今回観に来て下さった方、もう一度熊本でお会いしましょう。

6月21日
  台風6号は最初宮崎直撃と聞いていたが四国の方にそれたのはいいとして、宮崎からは空の便も鉄道も普通になっていて結局帰ることができず一日延ばすことになりました。早速美術館でまた制作、今日は公開制作ではないので昼からは小林という所にある道祖神をドライブがてらで見に行きました。帰って来るとそれでもお客さまが公開制作をするのではと待っていました。月曜日は休館日なんだけど個展中は月曜も開催しているのです。明日は飛行機で帰りますが、飛行機は嫌いです。といっても列車じゃ9時間以上かかって、かえって疲れます。いよいよ水曜日からまたまた秋の個展の制作にかかることになりそうです。
 それから昨日は突然公開制作中に大衆演劇の三代目澤村謙之助介さんが舞台衣装のまま現れ、さすがこれには全員驚いたり喜んだりのハプニングが起こりました。 4日間の公開制作には二千三百人の人が来てくれて大盛況でおかげで150号2点、30号1点仕上げました。ではでは東京で。

(19日分)
 宮崎県立美術館に鹿児島情報ビジネス専門学校の生徒さん達が沢山(70人?)来てくれたこと、御礼をいいたいです。また沢山メッセージをありがとう。それから先生からは大きい西瓜をプレゼントされ、美術館の人達と分けて食べました。大変甘くて美味しかったですよ。とりあえず学生さん達への解答を以下に掲載します。

YUKISSさん
 頭も大事だけど、体の方がもっと大事かもよ。アートはそのまま自分が出るので怖いかも知れないけど、隠さないで自分を表現して下さい。

Syさん
 本当は郵便屋さんになるつもりだったというのは事実だったのです。絵は好きだったけど、まさかそれが本職になるとはまだ10代の頃は考えていなかったんですよ。それから「赤」は好きな色です。古代から赤は魔除の色だったということを昨日行った西都現考古博物館で見た古代人の頭蓋骨にしみついた赤い色でも証明されていました。

Kakinokiさん
 感性は体を通した自給自足的行為から生まれます。現代の分業からはなかなか生まれにくいですね。

Yu-kiさん
 結構絵の中で遊んでいるんです。なぞなぞもあちこちにかけているのが分かりましたか?

覆面レスラーさん
 公開制作は皆さんのエネルギーを感じて描いているんですよ。皆さんとの合作ですね。

海馬toroさん
 商業デザインは印刷されて初めて作品になるので、印刷の勉強が必要です。印刷所に学校から見学に行ったらどうでしょう。

かわかみさん
 作品と作家のイメージが狂った?作品と作家は別々です。ぼくは実生活(人生)を優先します。作品は実生活に従ってついてくるものです。

naoyukiさん
 死後の世界があるとしたらですね、それは一人一人の意識が死後のビジョンを創るものだと思います。だから生きている時の心構えが大事です。その心構えがそのままあなたの死後の世界を創るはずです。

Ryujiさん
 絵の中にゴジラを何匹か隠していたのが分かったんですね。エライ!自分の足で色々調べるのは大事ですね。ぼくだってついインターネットに頼ることがありますが、もっと詳しく知るためにはやはり足です。

徳光スイカさん
 鹿児島での公開制作の予定はありませんが来年5月から始まる熊本現代美術館ではY字路以上の絵がもっともっと沢山展示されます。また皆で来て下さい。

Kinuさん
 昔は宮崎といえば新婚旅行のメッカだったこと知っていましたか。昔のオールドスタイルの新婚旅行も時代に逆行していていいじゃないですか。創作時の音楽はモーツアルトが多いです。モーツアルトのCDはものすごく沢山持っていて、どれでもいいんです。他には歌謡曲の懐メロです。それも死んだ人が歌っている歌です。まるで死後の世界から聞こえて来るようで魂がなごみます。

きくえさん
 ぼくも高千穂の天岩戸神社に以前行きました。そしてその夜見た夢の体験を作品(高千穂の夜)にしています。宮崎では同じホテルだったんですね。お友達にもよろしくお伝え下さい。

ひとみさん
 いよいよあと2日です。一昨目は完成しました。二作目を日曜日までに完成と思っています。それにしても日曜、月曜は台風直撃らしいです。月曜日の帰京は無理なのではといわれています。その時は月曜日も嵐の中で描きます。今月末までには月曜日も休館しませんので、念のため。
絵のテーマは以前にも話したと思いますが、ふとした切っ掛けで決まります。わざわざ探したり、求めたりするものではないと思います。やってくるものです。何の為にやってくるかというと、テーマ自身が自らを解明されたがっているからです。それを解明することでアーティスト自身も解明されていくものです。
 平賀源内のポスターが福岡の街に張られているとのこと、この展覧会は各地で開催されています。東京大江戸博物館を皮切りに巡回しています。また博多座で8月公演の星組の宝塚のポスターもそろそろ街に張られている頃だと思います。

6月20日(17日分)
 絵のテーマは以前にも話したと思いますが、ふとした切っ掛けで決まります。わざわざ探したり、求めたりするものではないと思います。やってくるものです。何の為にやってくるかというと、テーマ自身が自らを解明されたがっているからです。それを解明することでアーティスト自身も解明されていくものです。
 平賀源内のポスターが福岡の街に張られているとのこと、この展覧会は各地で開催されています。東京大江戸博物館を皮切りに巡回しています。また博多座で8月公演の星組の宝塚のポスターもそろそろ街に張られている頃だと思います。

ひとみさんへ
宮崎県立美術館での公開制作第一日目が無事(?)終わりました。300人の人達が来てくれたと聞きました。みんなの背後からのプレッシャーのお陰で制作ははかどり、150号が2日目に完成しそうです、早速2作目に入るつもりです。初日は会場内でギャラリー・トークを行いました。また午後の質疑応答は随分活発で楽しかったです。今日の2日目も頑張ります。初日は東京から「Y字路」の作品集を出版してくれる二玄社の編集者も駆け付けてくれました。夜は宮崎市内の大衆演劇の橘劇場へ三代目澤村謙之介一座の芝居を観に行きました。時代劇と歌謡ショーの2本立てで客は30人位、座長が舞台から「昨日テレビを観ました」と声を掛けてくれるのです。そうです、テレビは出ないことにしているのですが、宮崎NHKには個展の紹介で出演してしまいました。芝居が終わると舞台衣装のまま劇場の入口まで見送りに来てお客さま一人一人と握手をするなんて優しいじゃありませんか。来月はなんとぼくの郷里の西脇の健康ランドで公演するそうです。以前西脇でも観たことがありますが、その時は別の一座だったと思います。ちょっと病付きになってまた地方に行くと観てしまいそうです。宝塚のレパートリーに旅芸人の芝居が加わりそうです。われながら怖い。

Kinuさん
わざわざアメリカからありがとう。舞台ですか?ハイ舞台装置はかつて何本かやりましたよ。天井桟敷のこけら落としの「青森県のせむし男」、「大山デブ子の犯罪」、国立劇場の三島由紀夫の「近代能楽集」、ミラノのスカラ座でのモーリス・べジャールのバレーの舞台美術、北京と上海でモーツアルトのオペラ「魔笛」などなどです。年末と年始には宝塚歌劇団に雪組の舞台美術を手掛ける予定です。初の宝塚舞台です。宝塚ファンならずともご来館をお待ちしています。

富士美さん
ギリシャ神話の女神ヘカテが三叉路に居る(出る)ことは知っていましたが、引用された文章は岩波の何て題名の本でしょうか。是非教えて下さい。

donutさん
ハラ・ミュージアム・アークでY字路の作品が2点が展示されていることは知っていましたが、ここにはまだ行っていません。そうですねY字路全作は来年ージアム・アー5月に池田二十世紀美術館で発表しますので、近県の方には見ていただけます。

ゆきなびさん
そんなにぼくの絵が恐いですか。どこが?暗い闇ですか?アートってどこか怖いものですよ。鑑賞者の本性に語りかけるものですから、誰も自分の本性を見たくないのかも知れませんね。アートは人の本性を開くものです。怖くて当たり前です。

6月18日
 通常車で1時間もあればゆっくり行ける新横浜駅だけど、宮崎へ向かう前日ふと「明日はヤバイ」と感じ、車で送ってくれる長男に早く来るように言ったのが幸いして、第三京浜の大渋滞にも関わらず、やっとこさ間に合い、小倉まで無事到着。前日の閃きが大当たり。いつも通りの時間で行けば、火曜日からの宮崎県立美術館での公開制作は危なかったです。小倉で大分行きに乗り換え、別府で降りて、南宮崎行きに乗って宮崎で降りるわけだけど、新横浜から、なんと9時間以上電車に乗りっぱなしのまるで海外旅行並でしょう。別府から宮崎までは全面ガラス張りの車両で運転席の後ろに席を取りました。この車両の客はぼく一人。線路ばかり見ていました。もう遊園地気分。面白いのは運転手が何か独り言を言ったり、うなずいたり、手を上げたり、指を差したりのパフォーマンスが結構楽しいのでありました。途中から乗ってきた助手見習い(?)がまた同じことを二人でやっている。それにしてもトンネルの多いこと。ところがこのトンネルに入っていくところがブラックフォールみたいで宇宙的なんです。このままもどれないのかなあと思うほど長いトンネルで、穴がぽっかり空いて出口が見えてくるとがっかりするのです。胎児が外に出る時の気分(目は見えないけれど)みたいで、できれば外に出たくない感じ。どうせ外の世界は寸善尺魔ですからね。途中で森の木立の中奥深くまで点々と墓石が立っている風景を見ました。こんな墓場を見たのは初めてです。ちょっと夢の光景みたいだったです。

 公開制作は一気に作品が完成するので気に入っています。見られることで何か別の力が自分の中で作用するようです。そして気がついたのですが、大胆になれることです。大胆になれるということは多分、無心になった結果だと思います。一人で描いているとあれこれ考えが入り込みますが、人に見られていると考えが入り込むスキがなくなるのです。観客が一人もいない所で歌を歌ったり、スポーツをするのと似ているのかも知れません。本当の実力は意外と公開制作の場の方が無心になり、内なる声を聞きながら描けるのだったら、今後の制作は全て公開制作という方法をとらざも得ないかなと、ちょっと本気で考えたりしています。見せるためでもなく、見られるためでもなく、無心が呼び起こす大胆さを獲得するためです。

6月17日
ホテルの窓を開けると目の前が宮崎の海です。どうも寝付きが悪くついつい早く目が覚めるので5時か6時頃には起きてしまいます。部屋の壁二方が広い窓で展望台にいる感じです。遠くに宮崎の街が見えます。海岸にそって緑が広がっています。宮崎随一の高層ビル(50階近い?)のリゾートホテルで700室あります。でもこの時期は泊まり客は少なく実に快適です。一日中ホテルに居ても退屈しそうな気がしません。宮崎の道路はやたらと広く、大きい交差点がいくつもあります。街路樹のワシントニアパームが見られ、南国情緒をかき立ててくれます。絵の中にもパームツリーや泊まっているホテルの建物をついつい描き込んでしまいます。今までのY字路作品と一味違ったものになりそうです。ぼくの場合、場所や環境によって絵の表現が変わってしまいます。自分が描くというより場所が描かせる要素が強いです。まあ性格にそういう要素があるのでしょう。

6月16日
目下Y字路の画集の出版の準備中です。出版社は二玄社。この本のために未発表の作品もかなり掲載されます。Y字路決定版ということかな。来春熊本現代美術館では昨年行った京都国立近代美術館スケールの個展が開催(1月29日より)されますが、その頃にはこの画集も出版される予定です。「横尾忠則・ブエノスアイレス計画」という一風変わったタイトルの個展です。随時情報を流します。

6月15日
Kinuさん
ぼくは実生活と作品は切り離しています。作品にはタブーがありません。それから香月泰男氏の絵にご興味あるんですか。今度ニューヨーク・ダニー・ケイシアターで東京ギンガ堂の品川能正さんが香月泰男をテーマにしたドラマを演出します。そのポスターをデザインします。ロスでは日米劇場で行われます。念のために。

ひとみさん
月曜日から1週間宮崎県立美術館で宮崎のY字路をテーマにした公開制作を行います。1週間で150号2点描くつもりですが、トータルで12時間しかないので1点がやっとでしょうね。なんでも宮崎在住の人達がY字路の写真を沢山撮って会場に展示してあるとか。その中のベストY字路を訪ねてそこを制作するつもりです。今週は宮崎からVisionにメッセージを送ります。展覧会会場にはY字路のシリーズ全作61点を展示しています。最初の品川の原美術館での「暗夜光路」展の約3倍の数です。公開制作はともかく、展覧会場に友人、知人を誘って是非見に来て下さい。

6月10日
 糸井重里さんの「ほぼ日」でタモリさんを交えて3人で鼎談を六本木アークヒルズの49階でしました。直通のエレベーターが40階位からグラグラ横揺れがあって降りた後、足がフラフラしたり、目が霞んだり、しばらく不安定な状態で、話などできそうにないね、といっている間に鼎談が始まりました。テーマは「Y字路」。タモリさんは子供の頃、家の近くにY字路があって、そこがえらい気に入って今もY字路が好きなんです。「Y字路」の絵を専門に描いているぼくはといえば、別に好きでもなんでもないです。「Y字路」の形而上的な意味には興味がありません。ぼくの興味はY字路のフォルムです。だいたい「Y字路」に興味を持っている人なんてタモリさんが初めてです。49階から下界を見下ろすとあちこちに「Y字路」がありますが、絵にしたい「Y字路」は滅多に出会えません。絵になって初めていい「Y字路」かどうかが決まります。鼎談の後50階で都心の広大なマケット(模型)を見ました。見ている内に東京について何も知りたくないという気分になりました。もうぼくは東京と関係のない生活をしている人間のように思えてきました。

6月7日
 郡山から車で1時間弱で諸橋近代美術館に着く。この美術館はダリのコレクションで有名。ロビーに展示されている彫刻には正直いって圧倒された。ぼくはだいたい彫刻は苦手なんだけれどダリの彫刻というかオブジェは結構入り込める。彫刻を演劇的という呼び方しかできないのだけれど、空間だけではなく時間を感じるので、自然に物語として見てしまうのだった。絵画も有名は大作「テトゥアンの大会戦」がまさか日本にあるとは知らなかった。ルイス・ヴニュエルとダリの合作映画「アンダルシアの犬」も上映されているし、ダリファンならずとも一見の価値ありです。だけどダリの作品は最初は入り込んでしまうが、結局はそこからはじき出されてします。これって一体なんだろう。想像力の押し付けなのか。やはり他人の夢の中に入り込むことができないということなのかも知れない。
  昨夜はわが家(郷里の)の周辺の家が全部火事になっている夢を見る。夜の暗闇の中でオレンジ色の炎が異様に美しかった。それにしても人影がどこにもない。時々声だけがする。消防車が来て消化するとこの美しさは消えてしまうとフト思った。

6月4日
 糸井重里さんが「ほぼ日」に2人で会って夢の話をした日のことを書いておられたら、わがHPのアクセス数が急にヒートアップ。さすがですね。糸井さんは自分の夢の話を凡作だとか愚作だとか、おしゃっていますが、夢って責任を持てないですよね。勿論ぼくなんか自分の作品にも責任持てません。両者共無意識の試せる技みあいなところがあるじゃないですか。三島由紀夫さんみたいに無意識がないという人は逆に意識が夢化するんだと思います。チベットの高僧がLSDを飲んでちっとも変化しなかったという話がありますが、ヨーガの瞑想によって無意識を追い出してしまったのかも知れなしと思うんです。夢を見る間はまだ宇宙意識をモノにしていない証拠じゃないんでしょうか。ぼくはとにかくよく夢を見ます。三島さんの最期なんてわれわれが見る夢のレベルを遥かに超えているじゃないですか。

6月3日
 昨日(2日)は元宝塚月組のトップスター真琴つばささんのコンサートに招かれ相模大野のグリーンホールへ行ってきました。滅茶苦茶テンションの高かった彼女は部隊狭しと歌って躍っておしゃべりのテンコ盛りでした。ステージから呼び掛けられて、初めて隣席に元真琴さんの相手役(娘トップ)の壇れいさんがいたことに気づき、お互いにびっくりして「どうもどうも」でした。彼女は目下東京宝塚劇場で星組公演の真最中、でも水曜日は宝塚は休日のため遊びに来ていたんです。ほとんどのお客は宝塚ファン、真琴つばささんファンの女性客ばかりでステージで演奏したり躍ったりしている男性の方が客席の男性より多いという感じでした。宝塚、真琴さんファンのための報告でした。
 明後日は諸橋近代美術館でのダリ展にちなんで、スペインのガダケスの近くのポルト・リガートのダリの家でダリとガラ夫人に会った時の世にも奇妙な話をします。今考えてもあれは現実だったのか、夢だったのか、そんな真夏の白日夢を今も鮮明に網膜から消えてくれません。ダリ自身が芸術作品でした。ダリの作品は彼自身が語り過ぎています。他人の夢の話を聞くのはちっとも面白くないように、ダリは自分自身の作品をまるで夢のように語るところが、観る側の想像力を拒否してしまうんです。夢は他人に語るものではないのかも知れませんね。

6月2日
 1980年代になってぼくは絵画制作を再開した。当時「再開」と言わずに「画家宣言」と言われた。「画家宣言」と言ったのはマスコミだったが、いつの間にかぼくが言った言葉に変わっていた。それ以来いちいち言いわけがましいので自分が言った言葉にしてしまった。
 正確には「画家宣伝」というより「絵画再開」と言うべきだったかもしれない。というのは66年に南天子画廊で絵画展を開いたからだ。さらにその2年前には日本画廊でドローイング展を開いている。だから80年代に改まって「画家宣言」などする必要もなかったのである。
 66年の絵画展以後80年まで継続的に版画制作をしていたことを考えれば、ぼくはずーっと画家であったことになる。なのに自分ではそう認識してなかったのは、絵画や版画でメシを食っているという認識が薄かったからだろう。それでメシを食っていない以上、職業だと考えられ なんでこんな話をしだしたかというと、現在東京芸術大学、セゾン現代美術館と、東京都現代美術館の共同企画で「再考近代日本の絵画」というかつてなかったスケールの展覧会が芸大と都現美の両美術館で開催されており、そのカタログの中にぼくのことに触れた個所で、「画家宣言」と言わずに「絵画再開」という言葉が使われていたからだ。
 そんな絵画再開後の自作をこの展覧会で見ながら思ったことがひとつある。両美術館では600点の作品が展示されている。都現美だけでも465点の作品が並んでおり、時間をかけて1点ずつ観ていくと何時間もかかる。駆け足で観ても小1時間はかかった。これらの膨大な数の作品を見ながら、日本の絵画の歴史の奥行きと幅の広さをいやというほど見せつけられて、正直なところ心身共に披露困憊してした。
 そんな疲労の中で現在自分の作品が存在しているのはこの悪戦苦闘の絵画の歴史と無縁でないことに気づいた。
 以前、美術評論家の東野芳明氏から「君以前に絵画の歴史がないように考えているのでは」と指摘されたことがあった。それ以来洋の東西の絵画の歴史逆流作業がぼくの中で始まった。今回の展覧会がぼくに真摯に語りかけたことは、これらの気の遠くなる歴史的行為の延長線上に自作があるということである。
 ぼく以前に他者の作品が存在していることによって、ぼくの作品が今ここにあることの再考である。ぼくの作品の中のDNAは連綿と続く過去の歴史から伝えられたものであるという認識を抱いた時、画家は謙虚にならざるを得ない。今回の「再考近代日本の絵画」展の会場でそんな思惟を突き付けられたのだった。
 このことは日々過去を破壊しながら未来を創造しているたった今というこの瞬間が、いかにかけがえのない時間であるかということを肉体を通して体験させられたように思えた。 なかったからである。