12月31日
31日早朝(4時頃?)目が覚めたらテレビでインドの大衆映画のパロディーのような映画をやっていました。ウッチャン、ナンチャンのナンチャンの主役の一種のミュージカル・アクション映画(インド映画はだいたいこのパターン)で、舞台はインド、ところが本場の映画のような迫力は全然なく、最初はバラエティー番組に挿入する映画かなという程度で観ていたのですが、それにしてもあまりにも雑過ぎるのです。インドの娯楽映画は、なかなかパンチがあってエネルギッシュな画面の連続なのに、ダンサーなどは大量に出演しているのに、どうも画面が淋しいのです。またカメラアングルに工夫がなく、まるで舞台中継みたいで、どうみても映画作品になっていないのです。つまり「表現」がないのです。後で監督の名前を知ってびっくり。ある有名な映画監督でした。インドの娯楽映画を撮りたかったのはわかりますが、本場物の足元にさえ近寄れない愚作に終わってしまったわけです。創作する同じ人間として考えさせられることでした。
12月26日
クリスマスが終わった途端、正月か。今年は久し振りで年賀状を出すことにしました。といっても年賀状を印刷したわけではなく、作品のポストカードに「謹んで新年のおよろこびを申し上げます、皆様の御多幸をお祈りいたします。元旦」と書いたスタンプを買ってきて、それを絵の上にベタッと押したものです。そこでさて誰に出そうかと考え始めると結構あの人も、この人も、その人もと増える一方。出してない時はそんなこと考える必要もなかったのに、出すと決めたら結構面倒な「仕事」です。だからいただいた人に賀状のお礼を出すのが、頭を悩まさなくて一番いいかも知れない。もっといいのはそれさえしないことですかね。
12月25日
このところそれほど夢中になって絵を描いていない。来年は展覧会が沢山あるけれど、結構のんきな気分だ。創作よりも実生活の方が面白いからだ。別にどこかに行くわけでもなく、特別の人に会うわけでもないけど、一日の生活の中の自分を観察しているのが何となく楽しいのである。このことはぼくにとっては創作以上に大変貴重な経験である。そんな経験がそのまま作品に反映すればいいだけのことだ。作品なんて必死になってテーマや表現を捜すものではないからだ。ほっとけば皆な向こうからやってくるものだ。
12月24日
土、日の休みはどこにも行かずに絵を描いたり、古本屋に入り浸りでした。その間、白洲正子さんの本ばかり読んでいた。白洲さんには会ったことがない。彼女が亡くなる1年ほど前に岩波書店の「現代日本文化論」の芸術に関する一冊を河合隼雄先生と共同編集をしていた時に、ぜひ白洲さんに取材をと編集部からお願いしたのだが、あいにく体調が悪いということで会えずじまいになってしまった。ぼくの周辺の友人知人で彼女に会ったり親しかった人は何人もいるのだが、ぼくはとうとう会えなかった。だから今、本で会っているという感じである直接会えなくても遠くから私淑するのもひとつの交流ではないかと思う。そういえば実に多くの人を私淑してきた。すでにこの世にいない人の方が多いように思う。2〜3年前テレビで映画「デュラス」を観たが、デュラス役のジャンヌ・モローは晩年の白洲正子さんそっくりだった。白洲さんもそうだがジャンヌ・モローもますます般若相になってきた。
12月15日
小津安二郎を敬愛するヴィム・ベンダース監督の「東京画」を観た。小津の描いた「東京」は今の東京にはない、といっても、パチンコに興ずる日本人や、レストランのショーケースの中の料理のサンプルを作る工場を訪ねたりして、小津の「東京」とは対象的な東京を描き、小津の墓石に書かれている「無」という文字を引用して「今の日本には何もない」と締めくくる。実に西洋人の知識人の図式的な単純な批評でしかない。現代の東京の中に小津的「東京」を捜す努力をした挙句、結論が虚であればそれでいいが、ただ目に見える現象だけを追うに過ぎない。小津の世界は目に見える世界だけではなく、目に見えない日本人の心を描いているにもかかわらず、そこに踏み込もうとはしないベンダースの精神の貧困さにはあきれるばかりだ。第一小津の「無」の意味さえ哲学的にとらえないで単に物質的にとらえているに過ぎない。どうも西洋は信用できない。そんなことを感じる作品だった。
12月12日
金田奈穂さん
都現美の地下のレストランで昼食を美輪明宏さんとしていたのですが、そこにいたもう一人の人は筑紫哲也さんでした。それから日蓮宗のポスターはホームページに掲載されている日蓮宗の腕時計にポスターがついて来ます。
亀々さん
目下散歩は中断しています。というのはこの間から微熱あるからです。大分よくなりましたので、その内また再開します。やはり早朝は汗をかいた後、体を冷やしますので。
亀々さんよりのメールです。宮内勝典さんとは長年の友人です。
横尾さーん。。
亀々が敬愛する作家の宮内勝典さんの「海亀通信」というHPを読み、膝を叩いて共感
しました。
日頃、亀々が思っていることをイラクのバクダットの方の魂の叫びにきこえました。
日本人も、うすうす感じていることではないかと思っております。
「海亀日記」より。
December 5,2003
あるイラク人から、日本人への手紙【転送歓迎】 NGO活動をしている友人が、バグダッドから送られてきたメールを転送してくれ
ました。Yahoo Japan で、日本のNGO団体のメールアドレスを見つけて発信してき
たそうです。
一読して、激しく胸を揺さぶられました。ぜひ、多くの日本人に読んでもらいたい
と思っていたところ、友人から二信目が届きました。
バグダッドにメールを送り、本人に確認したところ、公表してもいいという返事が
あったそうです。さっそく、ここに転載します。NGOメンバーたちによる翻訳を添
えます。
訳文では、原文の Please という一語が省略されていました。その Please とい
う言葉に、切実な叫びがこもっていると感じられますから「どうか」という言葉を
(原文通り)二か所に挿入しました。さらに、読みやすく改行をほどこし、一部、訳
文を補いました。
一人のイラク人の悲痛な声が、日本中に届くことを願っています。みなさん、この
「日本人への手紙」を、できるだけたくさんの友達に転送してくださいませんか。ど
うか、よろしくお願いします。
宮内勝典
http://pws.prserv.net/umigame/
Please tell our real feelings to Japanese people. Japanese army should not
invade our country! I love Japan so please, please, do not be our enemy. We
hope Japan will take the right decision as an independent country.
Rei,
Baghdad, Iraq 私は、Yahoo Japan で、あなた方のメールアドレスを見つけました。私の名前は
●●●●といい、イラクのバグダッドで暮らす高校教師です。
私は、空手と日本語を学びました。私はいつも、日本および日本の人々を尊敬して
います。
米国の侵略を支援するためにイラクに日本の軍隊が来るというのは、私たちにとっ
て恐ろしいニュースでした。
私は、サダム・フセインを支援したことはありません。しかし、米国は武装強盗で
す。彼らは、毎日イラク人を殺しています。そして、普通の市民はだれも彼らを支持
していません。今、ますます多くの人々が抵抗運動に参加しています。彼らは旧体制
の残党でも、テロリストでもなく、普通の人たちです。
もし、仮にどこかの国が日本を侵略したとしたら、人々がどのように行動するか想
像してください。まさしく同じことが、ここで起こっているのです。イラクを再建す
るのは、イラク人であるべきです。決して、侵略者ではありません。
米国の連合軍としてイラクに来ないでください。イラク人は日本を尊敬しています
が、今、日本の軍隊がイラクに来れば、日本はイラク人とイスラム教徒全体の敵にな
るでしょう。すべてのイラク人が、日本に対して失望するでしょう。偉大な国である
日本は、過去の歴史においてイスラム教徒と敵対したことがなかったからです。
米国を支援することに、日本人の生命を含め、あらゆる損失を被るだけの価値は
まったくありません。侵略者が去った後なら、私たちは日本を歓迎します。しかし断
じて「今」ではないのです。
どうか、日本の人々に、私たちの本当の気持ちを伝えてください。日本の軍隊は、
わが国を侵略してはなりません!
私は日本を愛しています。ですから、どうか、私たちの敵にならないでください。
私たちは、日本が独立した国として正しい決定をすることを願っています。
●●●●
バグダッド、イラク
突然、ゴメン下さい。
亀々。
12月5日
この間友人がイワシの缶詰が美味かったという話をしたので早速、イワシとサバとサンマの缶詰を買って来ました。魚の缶詰など終戦後以来食べてなかったような気がします。魚嫌いのぼくですが魚の缶詰だけは本当に美味しいと思いました。それがどうして何十年も食べていなかったのかが今さら不思議でならないのです。魚の缶詰のラベルはぼくの60年代のポスターに何度も登場していたのを今ふと思い出しました。
12月3日
養老猛司さんの対談集「見える日本、見えない日本」にゲスト出演しています。他に荒俣宏さん、奥本大三郎さん、酒井忠康さん、水木しげるさんら15名。
散歩でかいた汗の処理に失敗して少々風邪気味で微熱があります。微熱は時にはインスピレーションを発動してくれます。こんな時に浮かんだ発送をメモしておくと後で役に立ちます。
松原由布子さん
メール拝受しました。健康法の頭寒足熱、半身浴、等々、貝原益軒さんの「養生訓」と共通するものが多いですね。「養生訓」はまた生き方の書でもあります。「冷えとり健康法」を教えて下さったのでお返しに上記の本をお薦めします。
12月2日
テレビで寅さんの映画を全48本(?)放映中だが、そのほとんどを観ている。昔はそれほどでもなかったが、テレビで放映されるようになってから寅さんのファンになった。毎回よく似たパターンだが、そのマンネリズムが面白い。トリックスターの寅さんをはじめ登場人物がそのままユングの人物配置に置き換えられる。なんといっても寅さんの天国的人物が最高だ。寅さんが何か起こすと急に周辺が地獄化する。そして地獄の住人達は寅さんを厄介あつかいする。社会の規範から寅さんがはみだせば、はみだすほど寅さんは宇宙の摂理を地で生き始める。そこに共感してしまうのだ。
12月1日
先日来年四月にパリ公演が決まっている梅原猛作狂言「王様と戦争」のミーティングを狂言師の茂山千之丞さん、コーディネーターの中村さんらとオフィスでする。パリ公演ではぼくの美術もかなり変わる。勿論演出も変わるだろう。パリの街中に貼られるポスターの制作がもっぱら楽しみだ。。街の400ケ所以上に貼られるという。現地に行くことになっているから今から楽しみだ。実行委員長の瀬戸内寂聴さん、団長の梅原猛さんらと団体旅行である。それより狂言がフランス人に受けるか、どう受けないか、その反応も楽しみである。まあこんなことに一喜一憂しているようじゃ次元が低いが。
テレビ東京の「極上の休日」に出演のため、一ヶ月間あちこちで撮っていたが、あと少しで上がる所で急に降りることになった。別にもめた訳ではなく、すでに放映された何人かの番組を見て、出ている人が何かとっても大成功した偉い人のように描かれているので、これはちょっと違うと思ったので、降ろしてもらうことになった。メディアはどうころんでも虚としての人間が描かれてしまう。そんな虚と実の間で精神が不安定になることだけは極力避けたいものだ。