9月30日
最近は早く寝るクセがついて8時にベッドに入ることがあります。しばらくテレビを見ているけど、間もなく眠るのはいいのだが、次に目が覚めると11時頃だったりすると、「なーんだまだ明日になっていないのか」とちょっとショックなのです。まだ筑紫さんがブラウン管の中からこちらを向いて何やらしゃべっているのではないですか。すっかり目が覚めたぼくは、このあと2時間近く、例えば「にっぽんの歌」などを見てしまうのです。12時過ぎると白血球がぐんと減少するので、なるべく神経が休まるような観光番組を見ます。その内覚悟を決めてテレビを消して眠ります。まあトータルで7〜8時間の睡眠です。ここ数日間は夢をよく見るので起きたらすぐ夢日記を書きます。夢日記を書くことによって潜在意識と顕在意識が統合されます。するとシンクロニシティが起こりやすくなります。三島由紀夫は「私には無意識がない」と言っています。安部公房は2人の対談の中で「そんな馬鹿な」と笑っていますが、無意識が顕在意識と統合すると、無意識などないも同然です。本来人間はこれでいいじゃないでしょうか。
9月26日
宝塚のトップスターの大浦みずきさんと大阪でトークショーを行いました。彼女のダンスは宝塚きっての名手で、引退しても宝塚のニューヨーク公演に引っ張り出されたくらいで、アメリカ人は彼女を日本人だと思わなかったそうです。宝塚のフレッド・アスティアーと言われたほどで、「ベルばら」ではヘルゼン役を演じた人です。彼女を知ったのは彼女のエッセイ集を読んでいたら、ぼくの本をよく読んでいると書いていたので、会うことになったのですが、その時は宝塚を退団した後だったので、彼女のトップスター時代は観たことがなかったのです。それが残念と言うしかないです。(ビデオでしか知らないのです)そんな大浦みずきさんと宝塚時代の話や、ぼくのY字路の話などをしました。彼女のディナーショーではタンゴを踊ったり歌ったりしますが、本当は彼女の男役をファンは観たいのです。だから一度男になってタンゴを踊ってもらいたいと思うのですが、彼女の中では考えがそんな風になかなか切り変えられないらしいのです。こんな注文を出すと会場から大きな拍手が沢山あったのでファンはもう一度男装の麗人の大浦みずきを待望しているのです。彼女はエッセイ集も出していたり、現在東京新聞の夕刊に毎週金曜日一面にエッセイを書いているので、是非読んでみて下さい。いつも笑えてしまいます。
来年四月は大阪のサントリーミュージアムで宝塚90周年記念に合わせて現代美術家による宝塚をテーマにした展覧会があり、ぼくも出品します。森村泰昌さんも出品作家の一人です。これは愉しみですがちょっと今までとは違う作品を制作する予定で、描いてみないと分かりません。東京でも公開される予定です。宝塚に対して多少は知っているだけに難しいです。むしろ知らない方がやりやすいかも知れません。「Y字路時代」の次は「宝塚時代」と言うシリーズが生まれるかも知れませんね。でも「Y字路」は今後も続行して行きそうです。最後はどんなY字路になってるのやら自分でも想像もつかないだけに愉しみです。
9月25日
今日(9/24)は多摩美術大学で、博士課程の論文の審査のために会議に出席します。全員の論文を読むのは一苦労です。作家志望の生徒も論文を請求されるのですが、作品がよければいいと言う訳にもいかないのです。皆よく研究して力作揃いですが、何しろ大学院の生徒ですから外国人が多いのです。だが難解な日本語を上手に操っています。それだけでも大したものです。研究論文ですからなかなか面白いものには出会いませんが、今日の会議で全員通過するかどうか心配です。まるでこちらがテストされているような気分でもあります。
9月24日
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ニューヨーク在住の三浦さんより 横尾様 お世話になっています。先日、ロスホロウイッツ画廊の個展を見て参りました。とても刺激になりました。昨日、黒田征太郎さんが来社され、いろいろ1時間ほど楽しくお話しました。で、彼も横尾さんの個展をぜひ見たいとのことでしたので、画廊から送ってきた、団扇でできた、変わった案内状をさしあげました。 以下、今週号の読売アメリカに掲載の記事です。添付は会場写真です。 三浦 横尾忠則の60年代のポスターを集めた展示会がニューヨークのロス・ホロウイッツ画廊(東70丁目160A番地、□212・717・9067)で10月4日まで開催されている。 1965年から78年までのシルクスクリーンのポスター16枚が展示され、天井桟敷の劇団員募集や「新宿泥棒日記」「眠りと犯しと落下と」や「毛皮のマリー」など懐かしい時代を彷彿(ほうふつ)させる色鮮やかなポスターが並ぶほか、画集や冊子、カタログなども展示されている。 |
| 画廊オーナーのアンドリュー・ロス氏は、60年代の日本の前衛芸術に魅了され、これまでに写真家の森山大道や荒木経惟の写真展など開催している。特に71年に横尾が近代美術館で行った個展に同行した森山大道が撮影した当時の写真を集めた写真集を同画廊がさきごろ出版、横尾との接点を30年の時の流れを越えて同時に味わうことができる。 2人のニューヨーク滞在を記した写真集にこんなくだりがあった。「ある時点で横 尾さんが、ウオーホルに紹介し ようかと言ってくれたけど、あまりに憧れていたため、彼への憧れを壊されたくなく、本当の彼に直面するのが怖かったんだと思う。今では横尾さんの誘いに乗らなかったのを後悔している」と。 ロス氏は「60年代という国境のない時代を投影しながら、今でも強烈な鮮度で目に飛び込む前衛表現は、アメリカの若いアーティストたちにも大いに刺激を与えている」と話す。画廊は看板が出ていない。道路から半地下に下りたこじんまりした空間に希少価値ある必見の名作がズラリ並んでいる。 |
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9月15日
アトリエの隣の眼科の先生が亡くなられて、家財を処分されると言うので何か欲しいものは?とおしゃったので、何に使うのか分からないような医療器具や本棚や絵画や椅子などもらってきました。本棚は欲しかっただけに早速役に立っているが、医療器具はどうしていいのか分からないのです。マン・レイやミロならすぐオブジェにしてしまいそうですが、いずれアート作品に還元されることでしょう。機能するものがデザインで機能しないものはアートと言うことになっていますが、これからのデザインは機能しなくなり、アートは機能するようになるかも知れません。するとこの両者はひとつになるわけで、こんな現象は至る所で起こっているし、もっと起こることでしょう。男が女になり、女が男になり、犬が猫になり、猫が犬になり、飛行機がミサイルになり、ミサイルが飛行機になり、山が海になり、海が山になり・・・・・。
伊藤千恵さん
ぼくも上野毛校で制作しなければ、と思いながらこう毎日が暑いと、つい行く足も重くなります。残暑が峠を越すと学校に制作に行くつもりです。また来年は萩原朔美先生とのお芝居の舞台制作もあります。もしかしたら駆り出されるかもしれませんよ。
富士山は運動不足のぼくには無理ですね。噴火のことなど心配しないで登って下さい。頂上には富士山頂郵便局があります。日付け入り風景スタンプを押してもらって葉書でも送ってもらうと嬉しいです。
竹中昌子さん
「男の死=三島由紀夫とウ゛ァーグナーの肖像」の画面にコンバインされている青い手はぼくの69年の右手を型取ったものです。それを10数年後の作品に取り入れました。またあなたの作品に対する観賞の仕方は正しいと思います。作品の意味や象徴するものを読み解く方法は知的な作業で、これはこれでいいのですが、やはり美術作品は感応するものです。だから筆のストロークにあなたは作家を感じると言うのは、非常に重要です。筆の一筆一筆にその作家の肉体や生理やエネルギー、波動を感じることが出来るからです。絵は認識すると同時に、実感するものです。以前に描いた絵をもう一度描くのはどんな気持ち?と言う質問ですね。日常生活や人生の中で同じ行為を、少し変えて何度も試してみるのと同じことです。何度も試しながら螺旋状に上昇して行きます。それとこの行為はぼくの「遊び」でもあります。
9月14日
筒井康隆さんの「ヘル」と言う小説の装幀をするために読んだ。面白かった。人が死んで「ヘル」と言う霊界(まあ地獄だけど)に行き、生前の生き方の始末をつけることになった様々な人々を描いたもので、生前も死後の世界もそう変化がないが、やはり生きている間に何かと始末をつけておかないと、死んでから面倒だと言う教訓じみた生き方を示唆したものとして読んでも面白い。しかし物語の内容はハチャメチャで、麻薬的で映画のラッシュフィルムを見ているようだ。
9月13日
この三連休はぼくにとって夏休みになるかも知れない。強いて夏休みは取っていないからだ。京近美の個展開催中に、トークショーと狂言でのトークに行った京都が夏休みだったかも知れなし。京都に行きながら見物はしなかったので夏休み旅行とは言えないのかも知れない。正月休みだって、夏休みだって、あらためて取ったことは過去にもなかった。だいたい休むことがあまり得意ではなさそうだ。友人の何人かは海外旅行に行ったり、地方に家族と一緒に旅行して上手に休みを取る人がいるが、ぼくはどうもこー言ったことには消極的だ。と言うより下手。連休などあると終日アトリエに閉じこもって絵を描いたり、小説を読んだりしている。またこんな過ごし方が一番好きなのだ。都心にも出掛けない。自転車で近所の古本屋へ行ったりする程度で、散歩することもない。本来の性格がものぐさなのだろう。ものぐさにしては絵は沢山描く方かも知れない。でも絵は仕事と言うより遊びだからだ。絵に限らず、何でも遊べれば一番いいのだ。
9月8日
ニューヨークのロス・ホロビッツ・ギャラリーで60年代のシルクスクリーンのビンテージポスター(22点)の個展が今月の7日よりオープンしました。NY在住の日本の方、ぜひ足を運んでみて下さい。
9月9日より銀座の西村画廊で(Exhibitionのページを参照してください。)SEptember2003に新作Y字路3点出品しています。
世田谷美術館で目下開催中の障害者6人による「個性と表現」展を土曜日に観に行きました。純粋な魂からほとばしった絵ばかりで、こちらの恥がさらけ出された思いです。美術が知性、知識などの観念に頼っている間に、知らぬ場所でこんな美しい魂の作品が生み出されていたのです。
「コヤニスカッティ」を監督したゴットフリー・レジオの新作「ナコイカッツィ」のポスターを制作中です。音楽は「コヤニスカッティ」同様、フィリップ・グラスです。全編コラージュとモンタージュ手法で「人間対コンピューター、お金対価値、生命対そのシュミレーションなどの闘いが繰り広げられる」映像と音楽だけで非言語的な映画です。