1月31日
 久し振りで甘栗を買ってしまった。寒い夜、ふと成城駅前の石井の店頭の甘栗屋さんと視線があったためだ。栗はナッツと同じで肥りますよ。冬はやせているより肥っている方が温かいですよね。それでもあまり肥ると社会に対して礼節を欠くことになーりまーす。
 この間の夢では死んだジョージ・ハリスンが出て来て、自分の詩に絵を描いてくれといった。それを本にして世界で出版して欲しいと頼まれたけれど、「ヤーイ、どこか出版社はいないかー」ね。
 
1月30日

 「拾 VS 捨てる」 を読まれた方、是非感想文を送って下さい。net@tadanoriyokoo.com
もし面白かったら、友人、知人にすすめてくだsだい。この本が売れるとNHK出版はまた次の別 企画を立てたいといってくれてます。出版社と著者の運命は読者の肩にかかっているのであーります。

1月29日
 過換気症候群になった時、この症状は10代の処女にしかならないといわれ、今日また、甲状腺がどうも変、といわれたが、これも女性特有のものらしい。そのうち、妊娠しているのではといわれそうだ。だけど創造は男性原理だけではダメで、女性原理が必要なんだから、喜ぶべきかもしれない。

1月28日
 とうとう30匹いたメダカが1匹になってしまった。この最後のメダカはガラスの向こうに映る自分の姿を別 のメダカだと思って、いつも映像のメダカと戯れている。

1月27日
 今年になってばたばたと知名人が亡くなった。そのほとんどの人は知り合いだったり、かつて一緒に仕事をしたことのある人達だ。彼等は死の寸前まで仕事をしたり、仕事の現場で倒れたまま帰らぬ 人になってしまった。人間はいつか死ぬとわかっていても最後の最後まで命の灯を燃やした人達だ。何か崇高な精神を感じる。肉体は死にたくないと思うが魂は「もうこの辺でいいじゃないか」と呼び掛けるのだろう。肉体には年齢があるが、魂には年齢はないはずだ。だから早死にしたからといって残念がることもあるまい。魂に従って生きるということは難しいけれども、最後の決め手は魂にまかすしかない。

1月22日
 去年から今年にかけて海外での展覧会や審査の話が色々来ました。サンパウロと中国とノルウェーからですが、全部引き受けていると、身体もまいってしまうので、ノルウェーだけは来年に延ばしてもらって残念だけど他は断っちゃいました。やっぱりどこかで体力のことを考えてしまうんですよね。それと国内の仕事もそうですが、断りぐせがついてしまっているのも確かです。断る快感っていうのもあるんですよね。それが変で、人目に目立つ仕事を断って、目立たない仕事を引き受けたりしているけれど、山田風太郎さん流の「嫌なものはやらない」ということですかね。「嫌」というのは良くない仕事という意味ではなくて、楽しめそうにないという意味です。仕事を趣味に出来るものではないと楽しくないじゃないですか。

1月21日
 19日の広島市現代美術館でのトークショーは大勢来て頂いてありがとうございました。会場はちょっと寒かったですよね。時間がなくてサインを一部の人達にしかできなくてゴメンなさい。今回はホテル→美術館→駅を駆け足での移動でどこにも行けませんでした。体調を心配してくれた人が多く、嬉しく思いました。徐々に元気になりつつあります。
 さて、昨日NHK出版から「捨てる VS 拾う」の見本の本が届きました。今までの本とは一味も二味も違ったタイプの本です。但し、絵は一点も入っていません。先ず店頭で手にして下さい。早い所で22〜23日頃には見られるでしょう。
 さて、トークショーの結論は「どうでもいい」ということになりましたよね。「どうでもいい」というのは「いいかげんでいい」という意味ではありません。何も期待しないで、また何かの為とか、意気込んだりするのではなく、たった今のことに無心でそのプロセスを楽しむということです。目的とか結果 をはずすと人間は随分自由で楽になって、解放された気分でやっていることに夢中にもなれるし、そのやっていることのなりゆきを楽しむことができるはずです。そういう意味で頑張り過ぎて、ああしたいとか、こうしなければならないとか、ではなく、そんなことは大したことではないので、「どうでもいい」という言い方をしたのです。

1月19日
 しばらくごぶさたしていました。どーも体調がもーひとつです。微熱は無くなったのでひとまず安心というところです。三連休は皆さんどう過ごしましたか。ぼくは1日目は宝塚市の宝塚大劇場へぼくが作った雪組のポスターの公演「春麗の淡き光に」を観に行きました。朝海ひかるのトップお披露目公演で、フレッシュな男トップを見せてくれました。またぼくのアトリエと目と鼻の先が実家の貴城けいさんも、いつの間にこんなに上手くなったのと思わせるお芝居で、びっくりしたものです。終了後楽屋で朝海さん、娘トップの舞風りらさん、貴城さんらと会ってポスターにサインをしてもらったり、記念写 真など撮りました。次の日は京都の瀬戸内さんの寂庵で瀬戸内さん、梅原猛さん、茂山千之丞さんらと狂言について座談会をしました。その内容は「すばる」という文芸誌(集英社)に梅原さんの「王様と恐竜」という単行本に収録されます。京都はちょっとした大雪で新幹線の運転状況を心配しましたが帰る頃には止みました。それから駅に行く途中、京都国立近代美術館で個展の打合わせを済ませ、開催中のウィーンの絵画展を見ました。帰宅は夜で、家で駅弁を食べました。連休最後の日は世田谷美術館の世田谷展を見に行きました。ここには新作のY字路を出品しています。以前新日曜美術館で制作した作品で、都現美展のY字路とは全然違うスタイルの作品です。23日までやっています。僕の中には複数の「ぼく」が沢山にいるので、その一人一人が違ったことをしたり、違ったタイプの絵を描いたりしているわけです。ぼくにとっては絵は本業というより趣味です。趣味の人生を生きることが理想です。趣味が本業、本業が趣味ということですかね。

1月18日
 たかが人生。たかがアート。そんなにしゃかりきになってやることないんじゃないですかね。
自分の人生を仕事の為に犠牲にはしたくないもんです。人生は楽しむものでしょう。その楽しみが仕事に反映すればいいんです。しゃかりきの仕事を人生に反映させちゃダメですよ。

1月17日
 明日は19日の広島市現代美術館でのセゾン現代美術館の館長の難波英夫さんとのトークの為に広島へ行きます。どんなトークになるかやってみないと分かりません。難波さんとは80年代にセゾン美術館で個展を開いた時以来の友人で、話をしていると時間を忘れてしまう気持良い関係で、この前だって昼前から話し始めて終わったのが夜の12時前でした。その時作家の辻井喬さんも一緒で、昼は成城のとんかつ椿に行く予定が運悪く休みで、この次是非と約束して1年が経ってしまい、とうとう広島で会うことになりました。広島ではお好み焼きを食べながらですかねえ。

1月9日
 1月1日のメッセージに対して「そうだ、そうだ」とか「だと思う」とか「実践します」とかの皆さんの共感を沢山頂きました。
思っていてもなかなか行えないものですよね。それを「やる」というのは他人に対してではなく自分に対する礼節だと思いませんか?
自分を大事にするとか、自分を愛するとかいう事は、こういう事だと思うよ。自分の想いに忠実に従うということがどれほど重要なことか、やれば分かる訳ね。結果 を考えたり、計算してやることではないですよね。身体が要求している事、頭が要求している事ではなくてね。
ぼくが肉体の声に耳を貸してと言っている事はこういう事なんです。直感的とか、生理的とか、本能的とか、肉体的とかいうのはみんな同じ事で、たった一つの事を言っているだけ。意志をもってやりましょう。

1月8日
 お正月の間はBBSへの書き込みも普段に比べたら少し少ないようですね。郷里に帰省している人が多いのかな?それとも正月以前は勤務先から送信していたのかな?ところでお正月は皆様いかがお過ごしですか?うっかりするとテレビ漬けになりそうなので、起きたらすぐアトリエに行くことにしています。電話もないし、またこちらもしないので、悠久の時間の中でお絵描きです。誰と競争するわけでもないので実に楽しみながら、どんな絵になるのかな?なんて人事みたいな気持でやっています。結果 などはどうでもいいので、大事なのはプロセスでしょう?プロセスの楽しみ方がコツですよね。

 5日今年始めての増田屋へ。例によって例の冷やしきつねうどんを食べる。お店で家族と一緒の大江健三郎さんに一年振りで会う。今日6日も増田屋へ。微熱がありそうなので、温かい鴨うどんを食べて、ちょうど来ていた小澤征爾さんの長男で俳優の小澤征悦さんと食べる。明日からハワイに家族と行くそうだ。小澤征爾さんはウィーンからボストン、そしてハワイで合流するという。夕べ小澤さんのテレビを見たけれど、東北の学校でのコンサート風景で、この時ばったり向こうで会ったので、ぼくもこの時のコンサートを観たのだった。感動したおじさんが、小澤さんの指揮はまるで千手観音様みたいだったし、ロストロボービッチさんはお坊さんみたいだとなかなか適格な評をしていた。小澤さんのテレビはいつもほとんど見ているが、彼の個性的な人間像と生き方にはいつも感動する。

1月7日
 元旦、二日と続けて書き始めならず「描き始め」。この夏の京都国立近代美術館の個展の為の新作だ。体調と相談しながら描くのでそんなに大量 の作品は描けないと思うけど。ちょっとコンセプチュアルな発想のものになりそう。といってもコンセプチュアルを目的にしているわけではないので結果 がそうなるだけのことだ。

1月6日
 元旦は長男、長女が10年振りで家に来たので、近くの喜多見不動へ初詣でに行った。ところがまだ半病人のせいか急な坂道がアップアップで加換気症候群になってダウン。朝食が雑煮だけだったので、きっと空腹でその上脱水症状になりかけたのだろう。まあ要するに交感神経と副交感神経のバランスが去年の都現美の個展の頃から狂い始めていたようだ。だから今年からは仕事を減らす事にするつもりだ。世の中にはどうでもいい仕事を持ってこられる事って結構あるからね。ぼくでなきゃいけないという仕事だけをやっていればいいわけだ。今までだってぼくが断った仕事を「誰かさん」がやてるってこと結構あったからね。仕事を持ってくる人だって少しは考えてから来て欲しいよ。その代わりに依頼された以上絶対妥協はしないからね。まあ、こんな風に言っておけば少しは仕事が減るだろう。全然仕事が来なきゃそれはそれで大歓迎。その間ゆっくり絵が描けるからね。

1月1日
 新年おめでとうございます。今年は自分をガラッと変える年にしましょう。去年の自分と違うぞ、という意識を世の中に反影させましょう。「あれ、去年のお前と違うじゃん」と相手に思わせましょう。その為には想っている事をどんどん実践していくことじゃないかな。実践しないと感性などいつまで待っても身に付かないものです。先ず肉体的行動を起こす事。それが感性を生むわけだから。本や映画やテレビだけでは感性などは磨かれませんよ