10月31日
世田谷美術館が始まるので、それに出品する作品(Y字路)の仕上げのために多摩美術大学(上野毛の教室)へ行く。久し振りで筆を持つのでまるで初心者の気分。スポーツや音楽と同じように毎日練習が必要なのは絵でも同じ。明日は広島市現代美術館へ展示のために行く。都現美に比べると会場が少し小さくなるので、展示構成もかなり変わるだろう。
そういえば2〜3日前長嶋茂雄さんとラジオ番組のために対談した。「ようこそ長嶋茂雄」という 番組で一週間放送される。まあ7分たらずの短い番組だけれど。長嶋さんは人生論的な話になると急にトーンが上がって熱弁になる。今まであんまり聞いたことのない横文字も飛び出して。日本シリーズはあまりにも一方的で一体西武はどうしたんだろうね。もともと巨人ファンだけれど、ここ一、二年はチームというより選手個人に興味が移ってきたみたいだけれど、昔の情熱はあまりない。野球と関係ないけれど、最近は真面
目な人を見るとついつい茶化したくなるのだ。まあ、おふざけなんだけれどもね。このことを自分で「ケロリン科学」と読んでいる。
10月28日
2ヶ月半の及ぶ都現美の「森羅万象」展が無事終了しました。連日大勢の方々に来て頂き58、000人を越える入場者で、最終日は3000人を越えました。厚くお礼を申し上げます。
さあ、今日から新しい出発に立ったという感じで、次の計画に向かってスタートをしました。近畿、中国、九州、四国、北陸地区の皆様は11月3日から1月23日まで開催される広島市現代美術館での「森羅万象」展にお越し下さい。今後の計画に関しては徐々に情報提供します。
10月21日
遠い視線近い視点 8/7 掲載分 東京新聞連載より
自作の復製

テレビ 1996年(左)
キャンバスにアクリル絵の具(個人蔵)72×60cm
テレビ 2002年(右)
キャンバスにアクリル絵の具 72×60cm
人生にはやり直しのきくことと、きかないことがあるが、芸術においてはやり直しが効かないというようなことはないように思う。過去の作品に対して反省することがあれば、即座に描き直せばよい。
ジョルジョ・デ・キリコは同じ絵を何十枚も複製している。岡本太郎さんだって複製した絵が多い。太郎さんの場合は元の作品が紛失したためにもう一度描き直したのである。こういう画家の作業は決して珍しいことではない。
ぼくの場合も太郎さんの考え方に近い。八月十日から開催される東京都現代美術館の個展に出品する予定だった作品が、所在不明であるということがわかった。そこでぼくはその作品(「テレビ」1966)の複製を制作することにした。幸い、元の作品の写真があったからそっくりさんができたわけだ。世の中に一点しかない作品が二点ある。こんな愉快なことはない。エル・グレコはやはり、同じ絵を三枚描いている。それが世界中に散らばっているというわけだ。想像するだけで楽しいではないか。
ぼくは子供のころから模写が得意だったから、自作の贋作造りなんて朝めし前だ、きっと楽しいことだろうと思って、いざ描き始めるとこれがなかなか難しいのである。絵は自由自在に描けばいいものが贋作はそんなわけにはいかない。本物そっくりに描かなければいけないのに、思わず創作してしまいそうになる。
贋作造りは完全な職人の仕事で技が必要だ。ところが今回、自作の贋作を試みてつくづく思ったのは技不足であることだった。オリジナルを描いた同じ人間がどうしてピタッと同じ絵が描けないのだろう。それは最初の絵は見本がないから自由にのびのび表現できたが、贋作となるとなかなか思ったように自由に描けないのだ。
だけど面白いことに気づいた。どうしてもソックリさんが作りたければ、「我」という意識を持ってはいけないということだ。つまり「我」の放棄が必要なのである。芸術の難しいところはこの「我」という問題である。創造のきっかけは「我」であり、いかに「我」を通すかによって作品の出来具合いが決定するといわれる。強烈な個性は「我」の貫徹が決め手になる。
ところが果してそうなんだろうか。「我」の貫徹が西洋のやり方だとすると、東洋のやり方はむしろ「我」の放棄ではないかと思える。そんなことをぼくは自作の複製を描きながら感じるのだった。「我」といえば大げさになるので「個人」
といってもいいかもしれない。普遍的な「個」に対する俗っぽい性質を有する「個人」ということである。
元の作品に比べれば複製画は自由ではないが、ありのままに従うという複製の行為はどことなく「我」と切り離されていて、まるで大空をゆっくり飛んでいるような爽快さがあるのだ。苦心惨たんして傑作をものにしようとする意識よりも、「我」から離れて対象に没頭する気分は、本能が求める本来の楽しみのような気がしないでもないのであった。
10月31日
世田谷美術館が始まるので、それに出品する作品(Y字路)の仕上げのために多摩美術大学(上野毛の教室)へ行く。久し振りで筆を持つのでまるで初心者の気分。スポーツや音楽と同じように毎日練習が必要なのは絵でも同じ。明日は広島市現代美術館へ展示のために行く。都現美に比べると会場が少し小さくなるので、展示構成もかなり変わるだろう。
そういえば2〜3日前長嶋茂雄さんとラジオ番組のために対談した。「ようこそ長嶋茂雄」という 番組で一週間放送される。まあ7分たらずの短い番組だけれど。長嶋さんは人生論的な話になると急にトーンが上がって熱弁になる。今まであんまり聞いたことのない横文字も飛び出して。日本シリーズはあまりにも一方的で一体西武はどうしたんだろうね。もともと巨人ファンだけれど、ここ一、二年はチームというより選手個人に興味が移ってきたみたいだけれど、昔の情熱はあまりない。野球と関係ないけれど、最近は真面
目な人を見るとついつい茶化したくなるのだ。まあ、おふざけなんだけれどもね。このことを自分で「ケロリン科学」と読んでいる。
10月28日
2ヶ月半の及ぶ都現美の「森羅万象」展が無事終了しました。連日大勢の方々に来て頂き58、000人を越える入場者で、最終日は3000人を越えました。厚くお礼を申し上げます。
さあ、今日から新しい出発に立ったという感じで、次の計画に向かってスタートをしました。近畿、中国、九州、四国、北陸地区の皆様は11月3日から1月23日まで開催される広島市現代美術館での「森羅万象」展にお越し下さい。今後の計画に関しては徐々に情報提供します。
10月21日
遠い視線近い視点 8/7 掲載分 東京新聞連載より
自作の復製
テレビ 1996年(左)
キャンバスにアクリル絵の具(個人蔵)72×60cm
テレビ 2002年(右)
キャンバスにアクリル絵の具 72×60cm
人生にはやり直しのきくことと、きかないことがあるが、芸術においてはやり直しが効かないというようなことはないように思う。過去の作品に対して反省することがあれば、即座に描き直せばよい。
ジョルジョ・デ・キリコは同じ絵を何十枚も複製している。岡本太郎さんだって複製した絵が多い。太郎さんの場合は元の作品が紛失したためにもう一度描き直したのである。こういう画家の作業は決して珍しいことではない。
ぼくの場合も太郎さんの考え方に近い。八月十日から開催される東京都現代美術館の個展に出品する予定だった作品が、所在不明であるということがわかった。そこでぼくはその作品(「テレビ」1966)の複製を制作することにした。幸い、元の作品の写真があったからそっくりさんができたわけだ。世の中に一点しかない作品が二点ある。こんな愉快なことはない。エル・グレコはやはり、同じ絵を三枚描いている。それが世界中に散らばっているというわけだ。想像するだけで楽しいではないか。
ぼくは子供のころから模写が得意だったから、自作の贋作造りなんて朝めし前だ、きっと楽しいことだろうと思って、いざ描き始めるとこれがなかなか難しいのである。絵は自由自在に描けばいいものが贋作はそんなわけにはいかない。本物そっくりに描かなければいけないのに、思わず創作してしまいそうになる。
贋作造りは完全な職人の仕事で技が必要だ。ところが今回、自作の贋作を試みてつくづく思ったのは技不足であることだった。オリジナルを描いた同じ人間がどうしてピタッと同じ絵が描けないのだろう。それは最初の絵は見本がないから自由にのびのび表現できたが、贋作となるとなかなか思ったように自由に描けないのだ。
だけど面白いことに気づいた。どうしてもソックリさんが作りたければ、「我」という意識を持ってはいけないということだ。つまり「我」の放棄が必要なのである。芸術の難しいところはこの「我」という問題である。創造のきっかけは「我」であり、いかに「我」を通すかによって作品の出来具合いが決定するといわれる。強烈な個性は「我」の貫徹が決め手になる。
ところが果してそうなんだろうか。「我」の貫徹が西洋のやり方だとすると、東洋のやり方はむしろ「我」の放棄ではないかと思える。そんなことをぼくは自作の複製を描きながら感じるのだった。「我」といえば大げさになるので「個人」
といってもいいかもしれない。普遍的な「個」に対する俗っぽい性質を有する「個人」ということである。
元の作品に比べれば複製画は自由ではないが、ありのままに従うという複製の行為はどことなく「我」と切り離されていて、まるで大空をゆっくり飛んでいるような爽快さがあるのだ。苦心惨たんして傑作をものにしようとする意識よりも、「我」から離れて対象に没頭する気分は、本能が求める本来の楽しみのような気がしないでもないのであった。
10月15日
今日の夕方、京都から帰って来た。京都国立近代美術館で来夏個展が開催されるが、その打合せである。開催中都現美とはガラッと違った展覧会になりそう。京都といったが、実は一昨日から宝塚に滞在していて、来年の正月元旦の雪組公演の為のポスターの写真撮りの為だったというわけ。先週の土曜日は都現美でトークショーがあって、大勢の方々に来ていただいた。前半は山下氏のスライド解説で退屈だったという意見が多かったようですが、たまに勉強もいいんじゃない?前日の金曜日は美輪明宏さんと筑紫哲也さんらと「筑紫哲也どきゅめんと放談」
(INFORMATIONを参照して下さい)テレビに出演。美人論がテーマ。そうそうこのお二人は木曜日の午後に都現美に見に来てくれます。当日来館の人は筑紫さん美輪さんに遭遇するかも。
10月8日
月曜日が雨になると嬉しいのだけれど天気予報に反して晴れてしまった。月曜日に一週間分まとめて雨が降ると月曜日は美術館が休みなのでいいのだ。都現美もいよいよ追い込みで人も沢山入ってくれている。最終日辺りは晴れて欲しいものだ。そうそう、この間の第一回の飯田高誉さんのトークショーは予定時間の1時間半を1時間もオーバーしてしまって、申し訳なかったです。次回もお待ちしていますからね。
10月5日
戦後最大の台風が来るというので、さあ大変、かつてのジェーン台風か伊勢湾台風が再びやってくる。イヤ今回はそれ以上らしい。スタッフも早々に帰宅させ、わが家のカーテンは全部閉め(テレビでそうしろと言ったので)、木造家屋は倒壊するかもとテレビがいうので、わが家は木造だ、倒れる可能性が大とばかり、イザという時の対応法を練って、「終末」を今か今かと待っていた。伊勢湾台風が5000人死者を出したので、今回はそれを上回るかも知れない、5000人の1人にはなりたくないので、テレビにかじりついて、刻々接近する台風情報に首ったけ。関東上陸は7時頃で8時がピーク。ところが閉め切ったわが家には雨も風の音も聞こえず、気がついたら9時過ぎている。その内台風情報は各局から消えてしまった。あんまり大袈裟に言い過ぎたわりに、被害が少ないのでとうとうバツが悪くなってテレビも台風情報を止めてしまったらしい。疲れたのはこちら、また数時間の時間のロスに腹が立ってきた。あれだけ来る来ないといった以上、戦後最大を見せてもらいたかったとプリプリだ。いつしか三島由紀夫みたいに、「終末待望論者」になっていたのだった。それでも美術館には人が入ったそうで、台風をへとも思っていない人がいたのには驚いたものだ。
今日(5日)は都現美での第一回トークショーだ。ゲストはインディペンデント・キューレターの飯田高誉さんだ。時間のある人、ない人も来て下さい。先着順だそうだ。立ち見も用意してもらいまましょう。喘息なので、その日によって声が出にくい時もある。その時は聞き役になろう。
10月15日
今日の夕方、京都から帰って来た。京都国立近代美術館で来夏個展が開催されるが、その打合せである。開催中都現美とはガラッと違った展覧会になりそう。京都といったが、実は一昨日から宝塚に滞在していて、来年の正月元旦の雪組公演の為のポスターの写真撮りの為だったというわけ。先週の土曜日は都現美でトークショーがあって、大勢の方々に来ていただいた。前半は山下氏のスライド解説で退屈だったという意見が多かったようですが、たまに勉強もいいんじゃない?前日の金曜日は美輪明宏さんと筑紫哲也さんらと「筑紫哲也どきゅめんと放談」
(INFORMATIONを参照して下さい)テレビに出演。美人論がテーマ。そうそうこのお二人は木曜日の午後に都現美に見に来てくれます。当日来館の人は筑紫さん美輪さんに遭遇するかも。
10月8日
月曜日が雨になると嬉しいのだけれど天気予報に反して晴れてしまった。月曜日に一週間分まとめて雨が降ると月曜日は美術館が休みなのでいいのだ。都現美もいよいよ追い込みで人も沢山入ってくれている。最終日辺りは晴れて欲しいものだ。そうそう、この間の第一回の飯田高誉さんのトークショーは予定時間の1時間半を1時間もオーバーしてしまって、申し訳なかったです。次回もお待ちしていますからね。
10月5日
戦後最大の台風が来るというので、さあ大変、かつてのジェーン台風か伊勢湾台風が再びやってくる。イヤ今回はそれ以上らしい。スタッフも早々に帰宅させ、わが家のカーテンは全部閉め(テレビでそうしろと言ったので)、木造家屋は倒壊するかもとテレビがいうので、わが家は木造だ、倒れる可能性が大とばかり、イザという時の対応法を練って、「終末」を今か今かと待っていた。伊勢湾台風が5000人死者を出したので、今回はそれを上回るかも知れない、5000人の1人にはなりたくないので、テレビにかじりついて、刻々接近する台風情報に首ったけ。関東上陸は7時頃で8時がピーク。ところが閉め切ったわが家には雨も風の音も聞こえず、気がついたら9時過ぎている。その内台風情報は各局から消えてしまった。あんまり大袈裟に言い過ぎたわりに、被害が少ないのでとうとうバツが悪くなってテレビも台風情報を止めてしまったらしい。疲れたのはこちら、また数時間の時間のロスに腹が立ってきた。あれだけ来る来ないといった以上、戦後最大を見せてもらいたかったとプリプリだ。いつしか三島由紀夫みたいに、「終末待望論者」になっていたのだった。それでも美術館には人が入ったそうで、台風をへとも思っていない人がいたのには驚いたものだ。
今日(5日)は都現美での第一回トークショーだ。ゲストはインディペンデント・キューレターの飯田高誉さんだ。時間のある人、ない人も来て下さい。先着順だそうだ。立ち見も用意してもらいまましょう。喘息なので、その日によって声が出にくい時もある。その時は聞き役になろう。