2001.9
今日9月29日のショート・ショートエッセイ
このところ連日原美術館の個展「横尾忠則作・暗夜光路」の制作に忙しい。
最初は夜のY字路シリーズで全館埋める予定だったが 、
途中で同じテーマで描くのにあきてしまった。 先が見えてきたからだ。
普通は先が見えたところから集中し始めるのだがぼくは反対だ。
わかり切ったところを繰り返すことのばかばかしさに。
だから今回の個展はきっと見る側が考え込むに違いない。
ぼくが考え込むことを放棄したたあめに逆に鑑賞者が考え込む。
その両者のギャップが面白そうだ。
主題も様式もそれぞれ異なる作品に知らない人が初めて会場に足を踏み入れた時は
きっと一人の作家の個展というよりはグループ展かと思うに違いない。
ひとつの様式で統一するというモダニズム神話を信じないぼくは現在のやり方が
ぼくの自然 体なのである。
これも小さい頃から他人の作品の模写ばかりしていた効能かも知れない。
複数の他人の作品を模写することで僕の中の無意識の複数のぼくが目覚めたためであろう。
これこそが誰でもない「ぼく」つまり私自身であったのだ。
ピカビアは4年ごとに作風を変えたが、ぼくは毎日作風が変わる。
これこそがぼくの自然体である。非一貫性こそぼくの一貫性 だから。
ところで最近刊対談集「芸術はウソつかない」(平凡社)を読んでくれた人がいたら、
読書評をこのホームページへ送ってくれると嬉しい。
この欄で 紹介させてもらうつもりだ。あんまり長いのはちょっと困るけどもね。
今日9月23日のショート・ショートエッセイ
20日の夜作曲家の三木稔さんの招きで日生劇場にオペラ「源氏物語」を観に行った。
もちろん三木さんの作曲で出演者は外国人。
それがなかなかよかったのだった。音楽がカラフルで特によかった。
歌舞伎の「源氏物語」では市川新之助の光源氏が抑えた演技で、
かつて三島由紀夫氏が 中村歌衛門の演技を
「冷たい情熱」といったことがあったが、
その言葉がそのまま新之助にも当てはまるようだった。
今回の外国人による源氏も一切違和感もなくわれわれ日本人にも受け入れられた。
日本人が外国の演劇を演じる以上になかなか 自然であった。
観終わったあとは瀬戸内寂聴さんと帝国ホテル内で軽食。
彼女は芝居づいていて、今日(21日)も新之助の芝居を観に行くとか。
ぼくもこの1ヶ月に昨夜の「源氏物語」を始め、
野田秀樹原作、謝珠栄演出のミュージカル「天翔る風」
それに宝塚の「ベルサイユの薔薇」を
観劇またディズニー・シーでもショーを2本観る。
24日にも宝塚の「大海賊」を観に行く予定。
他に歌舞伎、能、狂言も機会が多い。
それに反して映画は全然観なくなってしまった。
年に観るかどうかだ。舞台から直に伝わる演技者の精気が養分になるからだ。
絵画にもオウラというエネルギーがあるが、それに似たもんかも知れない。
美術からオウラという言葉が消えた現代、今、最も
必要なものはオウラではないだろうっか。
今日9月20日のショート・ショートエッセイ
絵というものは画家である自分が描くに決まっている。
画家の想いや考えによってその画家の自我の力で描くものである。 というのは一般的な解釈である。
ところがぼくは最近必ずしもそうではないように思い始めている。
画家の対象は森羅万象の事物である。
つまり自然界の様々な形あるものが絵の対象になるわけだ。
そんな対象を画家は自分の我の力によって描こうとする。
対象を無理矢理つかみ取って手元に引きずり出すようにして描こうとする。
また「描いてやる」という気持ちに近い。
だけれども森羅万象は常に解明してもらいたがっているはずだ。つまり描いてもらいたがっているのである。
そこに画家は気づかなければならない。
自我を出すことは場合によってはいいことであるが、よくないこともある。
絵は自我の力によって描かれるといったが本当は自我を消した
状態で描く方がもっといいはずだ。
自我を消すということはもっと難しい。だけど解明されたがっている絵の対象を
引き出す力はむしろ自我の力によるものではないと思う。
逆に自我は森羅万象を解明してやることによって消えるものである。
ただし、超克の意識に描く必要があるけれど。
そうすると作品は普遍的になる。
今日9月19日の近況報告
● 本日(9月19日)対談集「芸術ウソつかない」(平凡社)が発売された。
対談者は井上陽水、唐十郎、河合隼雄、
篠山紀信、瀬戸内寂聴、鶴見俊輔、中沢新一、引田天功、ビートたけし、福田和也、細野晴臣、
増田明美、三宅一生、吉本ばなな、横尾美美の15名。
カタイ話からヤワラカイ話、その中間まできっと楽しんでもらえるのでは。
四六版ソフトカバー、定価1,700円(税別)
● アメリカの多発同時テロの翌日から左眼が眼底出血。
世界が真っ赤に見えてもおかしくないほどの赤眼にわれながら不気味。
やっと治りつつある。赤い絵を描いてたタタリか。
● 11月のニューヨークでの個展のオープニングとジャパン・ソサエティの講演、
今の気分ではとっても渡米する気になれない。
もともと海外旅行の嫌いなぼく。年令と共にかやっぱり日本が一番性に合う。
● 原美術館での個展の制作がいよいよ追い込みに入った。全作描き下ろし。
「暗夜光路」シリーズを中心に主題様式の異なった作品も出品。
ネット上での公開制作も着々と準備。多分10月に入ってからになるはず。
9月19日のショート・ショートエッセイ
● 一般公開の二日前にディズニー・シーに行った。当日は招待日で芸能人が多く
タレント探しも楽しみのひとつだったが、
ぼくには衆目の関心がある。タレントが誰やらさっぱりわからなかったので、
やはり景色を眺めたり、タダの飲食に身体が反応したり、アトラクションに足が向くのだった。
ロスのユニバーサル・スタジオを期待したが、やはりディズニーはディズニーである。
でも相当怖そうな乗物などもあるので、次回充分睡眠を取って挑戦してみたい。
ディズニー・シーは30〜50年代の未来科学の立体版で、
「海底2万マイル」に代表される世界の再現が中心だが、
資本力にものをいわせてなかなかリアルな地球環境に恨めしさを感じる。
芸術のエンタテイメント化が進行しているが、
ディズニー・シーはそれをあざ笑うように超克してしまっているように思えた。
観念芸術で知的武装する前に、まず肉体の解放が先決では。
何しろ肉体は「ウソつかない」正直さがある。
この正直さにわれわれは感応し感動するのだ。
君は横浜トリエンナーレ組かディズニー・シー組か、どちらだ。
今日9月17日のエッセイ
このホームページを通じて、近況や思いついたことなどをショート・エッセイで発表したいと
思ってこの間から始めたが、このことは大変な作業だと気づいた。
頼まれ仕事ではないのでわがままでいいのだが、自分に約束するというのも他人から
約束される以上にプレッシャーのかかるものだ。
まあこんなこといっていたら、頼まれもしない絵画作品を描く意味がなくなってしまうのだが、
文章というのはどうもぼくには別のものらしい。
糸井重里さんが「ほぼ日刊イトイ新聞」に「ほぼ」どころか「絶対毎日」書いているのだから頭が下がる。
ここでついでにお礼をいわなきゃ。
糸井さんのホームページでわがアドレスを紹介してもらったところ凄い数のアクセスがあり、
さすが糸井さんと彼がアメリカから 帰国したらその報告とお礼をいわなきゃ。
ぼくもできるだけ毎日とはいわないまでも、何かしらメッセージを発信するよう努力するので、
時々アクセスして下さい。
10月20日からの原美術館での個展に出品する作品の一点を糸井さんのオフィスで制作して、
それを映像で送るということに糸井さんも歓迎してくれているので、是非そうしたいとも思っている 。
また100%約束できないけれど、、、、、。追って通知します。
わがホームページ・ページに時間的に関わる時間が非常に少ないけれども、
今後色々なビジュアルを提供していくつもりでいる。
例えば 完成した作品を展覧会より先にチラっと内緒で見せてしまうとか。
現在は「近況」と「エッセイ」欄だけだけれども近いうちに「日記」の欄を考えている。
以前平凡社から「横尾マガジン」を6冊出版したことがあるが、
糸井さんは「あれは正にホーム・ページなんだ」と言ってくれた。
この文章は多摩美術大学のぼくの教室で絵を描きながら書いている。
September 11th, 2001
10月7日から郷里の兵庫県西脇市岡之山美術館で「冒険譚」展という絵画作品を発表することになっている。
この展覧会には過去の冒険をテーマにした作品を集めたが、いわゆる芸術の冒険という意味ではなく、
冒険物語などの冒険である。
その代表人物はぼくの場合ターザンである。原始の肉体ひとつでジャングルを駆けめぐり、
ライオンやワニと死闘をくりかえす。
こんな物語の映画や小説は今では滅多にお目に掛からなくなった。
ぼくの子供時代はこんなジャングルの物語に血湧き肉躍ったものだ。
そんな想い出や記憶を絵に描いている。人格は十代で決まるものらしい。だからか、
今での十代はイマジネーションの宝庫である。
ぼくのほとんどの作品は十代の記憶が創造の源泉になっている。
十代はよかった。といって十代に戻りたいとも思わない。十代があって今であり、
今があって十代を想うのだ。たった今を否定して生きていくことはできない。
どんな嫌なことがあっても、今を肯定して生きることこそ大事だと想う。
そう思うとこの一瞬一瞬の時間がいとおしくなる。物理的時間は平等かもしれないが、
時間は一人一人独自の時間軸を持っているはずだ。
そういう意味では時間は平等に与えられていない。二倍にも三倍にも時間を拡張することは
可能だとぼくは信じている。また信じないと自分の思い通 りに時間は操作できない。
物理時間を如何に超克するかがいい生き方に結びつくはずだ。
September 7th, 2001
この間糸井重里さんのオフィスを訪ねてインターネットのことを色々教わった。
糸井さんの生活というか、仕事というか、それらはインターネット化していて凄いという感じを受けた。
つまり可能性が無限に拡大されているということだ。
これを創作とからめてどう使うかがこれからのぼくの課題だけれども、
現在のところは軽いジャブの域を出ていないが、目下 思考錯誤中。乞うご期待である。
September 5th, 2001
今日 (9/5)から板橋のトッパン・グラフィック・アートで11月のニューヨークのギャラリーで開く
コラージュ作品のカタログを制作することになって 9月7日まで作業をしている。
“New York Times”にちなんで“New Yokoo Times”を発刊することになった。
新聞の写真面にコラージュ作品が入るが、 大変かっこいい 新聞になりそう。
部数は3,500部。日本国内ではこのインターネットでも販売を考えている。
詳細は追って図版と共に紹介する予定。
30匹いたメダカがとうとう2匹になった。今までお互いに無視して泳いでいたのが2匹になった途端
いつも一緒に仲よく泳いでいる。
一昨年死んだ猫のバーゴとミンネがいつも一緒だったが、とうとうメダカに転生してわが家に戻ってきたか。